紀州人
本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
東京で生まれ育った著者が、自身の血統である紀州人という概念と、彼らが持つ独特の気質について論じる。自身の内なる紀州的要素を自己分析し、強固な自我や反抗心、潜在的な憂鬱性や鋭敏な感受性といった気質的特徴を指摘する。さらに、文学研究における郷土性の重要性に触れ、佐藤春夫や阪中正夫の作品を例に挙げながら、作家が作品の中にいかに地方精神を投影しうるかを考察し、郷土との縁が薄い人間ゆえの独自の郷土観を綴る。
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子供のころ、故郷といふ課題で作文を作つたことを覚えてゐる。しかし、どんなことをどんな風に書いたかは一字一句も覚えてゐない。恐らく、「故郷とは懐しいものであり、その山も川も、野も林も、父母の笑顔の如く、われらにとつて忘れ難きものである」といふやうなことを書いたのであらう。
私は今でも、よく人から「お国は?」と訊かれ、訊かれるたびに、なにか妙にこだはつた気持で、「両親は紀州の生れです」と答へることにしてゐるが、自分が紀州人であるといふことが、なぜか、事実に遠いやうな気がするのである。
これは無論、第一に、自分が東京で生れ、東京で育つたことに原因してゐると思ふ。七、八歳のころ、夏であつたか、父に連れられて、一週間ばかり和歌山市駕町といふところに祖父を見舞つたのを最初として、その後今日まで、たつた二度、それも一日か二日の滞在で、同じ町の母方の伯父を訪ねたのが、自分のこの土地に対する全交渉である。
しかし、世間にはかういふ種類の人間が随分多く、なかには生れてからまつたく、郷里の土を踏んだことのない人々も珍らしくないだらうが、さういふ連中が、やはりどこか、その風貌において、その気質において、一種の郷土的特色をもつてゐることに気づくと、私は、自分の場合においてのみ、それが例外であるとは信じられない。現に私の声を聞いて、紀州人の声だといつたものがあるくらゐだ。
遠い祖先のことは暫らく措き、現に私の祖父母並に両親はいづれも和歌山市の生れで、父は若年にしていはゆる学笈を負うて都に出た組であるから、ストリンドベリイ的懐疑思想を交へさへしなければ、私の血液は紛れもなく、紀州人のそれを受けついでゐると信じられるのである。
その上、もう物故した父の方は、それほどでもなかつたが、母の方は今日でもなほお国弁の頑固な保有者で、長く家庭にあつた私の弟妹どもは、知らず識らず、日常の言葉のはしばしにその影響を受けてゐるといふ有様だ。