TRENDIA CLASSIC

戦時下の文化運動

岸田國士

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「決戦下における翼賛文化運動実践の具体的方針」について、私から御相談申上げるのでありますが、先程「論議の時代は過ぎた」とは一応は申しましたけれども、しかし吾々文化運動に携るものの間に、確乎たる共通の理念をつくつておくことが、是非共必要であると存じます。これは論議の時代は過ぎたのでありますが、まだ吾々の間にはつきりした共通の標識といふものが、打建てられてゐないのではないかと惧れる点がございますので、決して事新しい議論ではないのでありますが、吾々としては「斯ういふ心持でゆかう」といふ、その心持について、まづこれから申上げたいと存じます。

大東亜戦争の意義については、もはや吾々何も申すことはないのであります。これは吾々国民の間に確乎たる信念ができてゐると存じます。ただこの戦争完遂のための文化運動といふ点になりますと、そこにこの「戦争と文化」といふ問題が、取あげられると思ひます。

「戦争と文化」といふことについて今日までいろ/\な論議が行はれ、まだその燻ぶりが多少あらうと思ふのでありますが、これはまたの機会にはつきり国民の文化的能力といふものが、戦争完遂に欠くべからざる一つの要素であるといふことを、申しておきたいと存じます。

即ち道徳、科学、芸術――この総力を結集し、そしてその上に大きな国家的目的をもつてこれを貫くところの国民文化能力が生ずるのでありまして、溌剌強靭なる生活力といひ、雄渾高雅なる「国ぶり」といひ、これが国民文化的能力の発露であります。文化は民族の理想を目指して、生々育成された一切の生活表現でありますし、また文明は、一面において人類の欲望から生れた智的所産とも云へるので、この混同が今日まで往々にして、文化運動乃至は文化といふものについて誤解を生んでゐるやうに、私は思ふのであります。

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