S夫人への手紙[別稿]
本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
著者である「私」は、様々な土地を転々と移動する生活を通じて、時代の本質や日本の現状を考察する。集団見合いといった社会現象の背後にある営利主義や、日本人が抱える「嘘」をつく習性、さらには敗戦後の日本人が自律性を失い進駐軍の命令を盾に秩序を保つ様子を分析する。近代化の過程で自己中心的な処世術に逃避する日本人の姿を指摘し、敗戦後の社会が抱える精神的な課題と、その特異な人間形成のあり方を鋭く論じる。
💰 この本を応援する(投げ銭)
四
書斎を転々と方々にうつしてゐる私を、あなたはおわらひになり、また放浪癖がはじまつたとおつしやるのですが、たしかに、さういふところもないではないでせう。しかし、ただそれだけのことと思つてくださつては困ります。すこし開き直つていへば、今の時代は、ひとところにゐて物をみることは不可能だといふことです。場所をかへたらどれだけ物がはつきりみえるか、といふことは、私が、静岡の町はづれに、上州の山村のさびれた避暑地に、それぞれいく月かを過して、たまに東京へ舞ひ戻つて来るといふただそれだけの生活を通して、なにか、今まで自分の視界から逃れてゐた時代の性格のいはば基底とでもいふべきものをつかみ得たやうな気がするのです。
時代の真の性格といふものは、決して一つの書斎の窓からのぞき得るものではなく、現在の新聞の社会記事のなかに浮び出てゐるものでもありません。そこになにかが映つてゐるとすれば、それはただ片鱗にすぎません。しかも、全体を問題にするならば、それらの片鱗は、しよせん見ても見なくてもよいものです。
こんなことはあなたにわざわざ申す必要のないことですが、まつたく今日ぐらゐ角度をかへて物を見なければならぬ時はなく、また、自分の精神の状態が判断を誤まらせ易い時期はないと思ひます。異常なことがすぐに普通のことになり、平凡なことがなにか重大な意味をもつやうにとられたりするのは、まことにそのためです。
例へば、あなたにとつてまことに奇怪千万で、しかも深刻な意味をもつものと思はれたあの集団見合ひなる現象は、いつたいなんでせう? あなたもおつしやるやうに、たしかにあれは「悲しいファース」に違ひありません。しかし、ああいふ現象は、それ自体として当代の青年男女の心理を端的に示したものでもなく、また、いはゆるつねに戦後の社会をおそふ結婚難の様相ともそれほど関係はなく、まして、日本の封建的因襲に逆らふ新しい風俗の発芽とみるわけにはいきません。