TRENDIA CLASSIC

遂に「知らん」文六(三場)

岸田國士

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河津文六

妻 おせい

倅 廉太

娘 おちか

梶本京作

お園

其他 亡者、鬼など大勢

時――大正×××年一月三十二日

処――大都会の場末

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第一場

舞台は麺麭屋の店に続いた茶の間であるが、正面は障子の心もちにて全体に白幕。――プロセニウムに近く、炬燵に向ひ合つて、文六とおせい。――極度の不安。

家具類は置く必要なし。――夜である。

文六は、独酌で盃を傾ける。もう、大分酔ひがまはつてゐる。

おせいは、時々袖を眼にあてる。

天井裏で、ゴトンといふ音。二人――殊に文六は、水をひつかけられたやうに首を縮める。二人は、笑ひもせず、顔を見合はす。

文六  廉太のやつ、一体、何処へ行つてやがるんだらう、今ごろまで……。

(沈黙)

おせい  ほんとなんでせうかね、一体、地球がつぶれるなんて……。

(沈黙)

文六  (頤で二階を指し)おちかは、もう呼ばんでいゝか。 おせい  いゝぢやありませんか。どうせ今夜限りの命なら、一つ時でも、先生のそばに……。 文六  それがいゝことかどうか、おれにはまだわからん。

(遠くの方から賑やかな楽隊の音がだん/\はつきり聞えて来る。群集の歌ひ喚く声。やがて、正面の白幕に一団の人影が映る。舞踏者の群れである。男女の入り乱れ、踊り狂ふ光景が暫く続く)

文六  (独言のやうに)また始まつたな。 おせい  (これも独言のやうに)どういふつもりでゐるんだらうね、あの人達は。

(楽隊の音次第に遠ざかり、人影消え去る。長い間)

文六  (居眠りをしはじめる) おせい  あんた、風邪を引きますよ。 文六  (夢現にて)おれは、何んにも悪いことをした覚えはない。 おせい  ねえ、あたし一人、ほうつといちや、いやですよ。 文六  うん……? いま、すぐだよ。 おせい  あんたつてば……なんて呑気な人でせうね。居眠りなんかしてる場合ですか。 文六  うん……お前にはいろ/\苦労をかけたよ。

(遠くから、今度は三味線と太鼓、笛などの囃子が聞えて来る。それがだん/\近づくと、白幕に、三味線を弾くもの、太鼓を叩くもの、笛を吹くもの、扇子をかゝげて舞ひ歩くものなどの影が遠くまた近く映る)

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