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TORENDIA

女優の親

本文約3,200字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

三島由紀夫の戯曲上演に際し、観客の反応や演劇界の現状、自身の娘が女優として舞台に立つ心境を綴る。役者という職業の本質的な難しさと尊厳、若者が人間として成長する必要性を論じる。また、芝居に対して手放しの愛情を持てない自身の複雑な心情や、戦後における新劇役者の社会的地位の変化など、演劇を取り巻く環境と劇作家としてのあり方を考察する。俳優という職業に独自の視点を向け、演劇活動の在り方を冷静に捉える随筆である。

岸田國士

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🎧 女優の親 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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三島由紀夫君の戯曲『夜の向日葵』を読んだときには、これを、文学座の本公演でやるのは、ちよつと無理じやないか、観客がついて来ないのじやないかと心配した。――それは作品の責任ばかりではないけれども――。

ところが、実際あゝして舞台にかけてみると、一部の気むずかしい批評家を除いては、わりにみんな楽しんで観ていたので、あゝよかつた。これだけ観客にわかつて、観客がついて来ればまア大丈夫だ。そういう安心感のようなものを感じた。あれで観客が冷然と、あの舞台を観ているようだつたら、僕もあるいはあれほど楽しく観られなかつたかも知れない。

それと、三島君の場合、あゝいう大勢の観客の前で作品を上演するのは初めてであり、僕は自分の経験からいつても、最初の観客の反響というものは劇作家の生涯――生涯というのは大袈裟だけれども――これから後の仕事にずいぶん影響するわけで、こんどの三島君の場合のように、あゝいうふうに観客が素直に作品を理解して、――どの程度まで理解したかということは別だけれども、――とにかく楽しんで観ていたということは、これからの三島君の劇作家としての仕事に一つのプラスになることで、それを非常に嬉しいことだと思つた。

観客というものは実によき批評家であると同時に、これは誰も言うことだけれども、舞台をつくる一つの協力者であつて、いろ/\なことを役者も演出家も作者も教えられるとともに、反省させられたり、また時によると非常に甘やかされたり……するもので、今度の『夜の向日葵』の場合など、舞台稽古の時まで、役者が手探りでやつていた不安な部分が、舞台にかけて、観客の反響に直接ぶつかつて、新しい、いろいろな事がはつきりした、そのいい例だと思う。

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