TRENDIA CLASSIC

「現代風俗」はしがき

岸田國士

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風俗といふ言葉をごく広い意味にとつて、私はこの書物に「現代風俗」といふ題をつけた。

世の中の現象をすべて「風俗」としてみる興味が私には一番強く、また、さういふ見方をしなければものが云へないといふ理由も私の場合には成り立つのである。

一国一時代の風俗は、個人の生活のうちに、社会万般の様相のなかに、共通の現象としてあらはれるものである。政治と云はず、教育と云はず、家庭にも街頭にも、ジャアナリズムの紙面にも、国家の議場にも、均しく現代日本の奇怪な風俗が横行してゐることを誰もなんとも思はないであらうか?

眼に角たてて云ふほどのことではないかも知れぬ。誰にでもわかつてゐることだとみんなが云ひさうでもある。或は私の神経過敏がさせる業だとすれば、これは即ち、悲憤の書でも反省の書でもなく、単なる自称病人の容態書きにすぎぬ。せめて、歴史的な意味だけをもつ埋れた記録となれば、それはそれでもよろしい。

この書物のなかに加へた一文に、「仏国議会に於ける上演禁止問題」といふのがある。この異国的議会風景は、当時、わが国の議会のそれと比べて、ちよつと面白いと思つて紹介したのであるが、今読み返してみると、そこには、フランスといふ国の何時かは惨めなことになる運命がちやんと約束されてゐるのである。

しかしながら、議政壇上に起つて文学芸術を論ずることが敗戦の一因だといふ論理をこゝから導き出すとしたら、これまたドイツの勝利の原因に故ら眼をふさぐことになるであらう。民族の消長にとつての風俗の微妙な役割は、単純な政策論とは係りなきものである。

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