四国遍路日記
本文約15,600字 ・ 読了時間 約32分
あらすじ(AIが作成しました)
四国遍路の旅を続ける著者が、徳島から松山へ至る道中の日々を綴る。水郷を歩き、各地の寺院を参詣し、行乞と旅籠での休息を繰り返しながら、山川の美しい風景や天候の移ろい、折々の出会いを写生する。時に激しい風雨や空腹、宿での苦心に見舞われつつも、土地の人々の厚意に支えられて旅を続け、やがて高知を経て松山の地へ辿り着き、御幸山の麓に新たな住まいを構えて、流浪の遍路から定住の生活へと歩みを進める様子を記す。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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十一月一日 晴、行程七里、もみぢ屋という宿に泊る。
――有明月のうつくしさ。
今朝はいよいよ出発、更始一新、転一歩のたしかな一歩を踏み出さなければならない。
七時出立、徳島へ向う(先夜の苦しさを考え味わいつつ)。
このあたりは水郷である、吉野川の支流がゆるやかに流れ、蘆荻が見わたすかぎり風に靡いている、水に沿うて水を眺めながら歩いて行く。
宮島という部落へまいって十郎兵衛の遺跡を見た、道筋を訊ねたら嘘を教えてくれた人がある、悪意からではなかろうけれど、旅人に同情がなさすぎる。
発動汽船で別宮川を渡して貰う、大河らしく濁流滔々として流れている(渡船賃は市営なので無料)。
徳島は通りぬける、ずいぶん急いだけれど道程はなかなか捗らない、日が落ちてから、籏島(義経上陸地といわれる)のほとりの宿に泊った。八十歳近い老爺一人で営業しているらしいが、この老爺なかなか曲者らしい、嫌な人間である、調度も賄も悪くて、私をして旅のわびしさせつなさを感ぜしめるに十分であった!(皮肉的に表現すれば草紅葉のよさの一端もない宿だった!)
今日は興亜奉公日、第二回目、恥ずかしいことだが、私はちょっぴりアルコールを摂取して旅情をまぎらした。
同宿四人、修業遍路二人、巡礼母子二人、何だかごみごみごてごてして寝覚勝な夜であった。
(十一月一日)
旅空ほつかりと朝月がある
夜をこめておちつけない葦の葉ずれの
ちかづく山の、とほざかる山の雑木紅葉の
落葉吹きまくる風のよろよろあるく
秋の山山ひきずる地下足袋のやぶれ
お山のぼりくだり何かおとしたやうな
十一月二日 快晴、行程八里、星越山麓、あさひや。
早起早立、まっしぐらにいそぐ、第十八番恩山寺遥拝、第十九番立江寺拝登。
野良で野良働きの人々がお弁当を食べている、私も食べる、わがままをつつしむべし。