TRENDIA CLASSIC

行乞記

種田山頭火

1 / 11

七月十四日

ずゐぶん早く起きて仕度をしたけれど、あれこれと手間取つて七時出立、小郡の街はづれから行乞しはじめる。

大田への道は山にそうてまがり水にそうてまがる、分け入る気分があつてよい、心もかろく身もかろく歩いた。

行乞はまことにむつかしい、自から省みて疚しくない境地へはなか/\達せない、三輪空寂はその理想だけれど、せめて乞食根性を脱したい、今日の行乞相は悪くなかつたけれど、第六感が無意識にはたらくので嫌になる。

暑かつた、くら/\して眼がくらむやうだつた。

林の中でお辨当を食べる、山苺がデザートだ。

水を飲んだ、淡として水の如し、さういふ水を飲んだ、さういふ心境にはなれないが。

蕨といふ地名はおもしろい。

予定通り、二時には敬治居の客となつた、敬坊は早退して待つてゐてくれた、さつそく風呂を頂戴する、何よりの御馳走だつた、そして酒、これは御馳走といふよりも生命の糧だ。

敬坊はよい夫、よい父となりつゝある、それが最もうれしかつた、人間は落ちつかなければ人間を解し得ない、人間を解し得なければ人間の生活はない。

おはぎ餅はおいしかつた、餅そのものもおいしかつたが、それを食べる気持、それを食べさせてくれる気持がとてもおいしかつた。

生活の打開と共に句境も打開される、私も此頃多少の進展を持つたらしい。

暑くて、腹がくちくて寝苦しかつた。

銭 二十一銭

今日の所得          行程五里。

米 一升二合

朝月暈をきてゐる今日は逢へる

朝風へ蝉の子見えなくなつた

朝月にしたしく水車ならべてふむ

・水が米つく青葉ふかくもアンテナ

夾竹桃赤く女はみごもつてゐた

合歓の花おもひでが夢のやうに

・柳があつて柳屋といふ涼しい風

汗はしたゝる鉄鉢をさゝげ

見まはせば山苺の三つ四つはあり

・鉄鉢の暑さをいたゞく

・蜩よ、私は私の寝床を持つてゐる

七月十五日

曇、降りさうで降らない、すこし憂欝。

八時から十一時まで大田町行乞。

所得――銭四十四銭に米一升三合

午後は東御嶽観音様へ詣でる、青葉、水音、蝉がなき鶯がなく、とてもしづかな山村だつた、そこから赤郷へ河鹿聴きに出かけたが、暑くはあるし、興味もうすらいだので途中から引き返す、徃復三里の散歩だ。

種田山頭火の他の作品