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TORENDIA

八の字山

本文約3,000字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

村の後方にそびえる八の字山には、遠くから見ると「八」の字に見える大きな岩が並んでいる。小学校に上がったある春の日曜日、普段は本を読んで過ごす父に連れられ、幼い私は初めてこの山へ登る。父の語る天狗の伝説を聞きながら、いくつもの岩をよじ登り、山の頂で昼食をとる。帰宅後、山を眺めると、以前とは異なる底力を秘めた「八」の字の姿がそこにあった。山登りを通じた父子の一日と、少年の心象の変化を描く。

土田耕平

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🎧 八の字山 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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私が幼いころ、一ばんさきにおぼえた字は、八といふ字でありました。これは、先生から習つたのではない、山が教へてくれた字であります。

村のうしろに、雑木山が二つ向きあつてゐる間から、擂鉢をふせたやうな形の山が、のぞいてゐて、そのまん中どころに、大きな八の字が書いてあるのです。それは、岩のかたまりが、裾ひろがりに二すぢ長くつづいてゐるのでしたが、とほくから見ると、りつぱな八の字になつてゐます。わたしどもは、その山を八の字山と呼び、その岩を八の字ゴウロと呼びました。

前の雑木山へは、近所の子供といつしよにつれだつて、木苺つみや、栗拾に、よくあそびに行きましたが、八の字山は、高い山なので、まだ登つたことがありませんでした。

たしか小学校へあがつた春の、日曜日だつたとおぼえてゐます。朝の御飯をいただいてゐると、お父さんが、「けふはいゝところへ連れて行つてやる。」といひますので、

「どこへ?」

ときくと、八の字だといふ返事、わたしは、小躍してよろこびました。お父さんは、毎日、町のお役所へかよつてゐました。そして日曜の休には、一日奥の間で本をよんでゐて、外へ出かけることなど、めつたにありませんでした。そのお父さんと一しよに山登するといふことは、考へただけでも、うれしいことでありました。

「お父さん八の字の道を知つてゐるの?」

「知つてゐるとも。」

「のぼつたことがあるの?」

「あるとも。」

「いつ?」

「さうさ、いつだつたかな。おまへがまだ生れない頃だらう。」

といつてお父さんは笑ひました。

お母さんに、おにぎりをこしらへてもらつて、遠足に行くときのやうな身支度をして、出かけました。

やはらかく春の草が萌え出た、細い一本みちが、なだらかに山に向つてゐます。ステツキを片手に、巻煙草をすひながら、ゆつくり/\歩いてゐるお父さん。おにぎりの包を背負つて、先に走つたり、立ちどまつたり、いそいそと行く幼い私。あたりの木立には、うぐひすや目白が間なくさへづりかはし、お日さまの光がうら/\として、ほんとにいゝお天気でした。

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