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TORENDIA

峠

本文約3,100字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

春三月の夜明け前、太郎と妹の千代子は両親の背に負われ、凍てつく山道を峠へ向かって進む。極寒の中、一行は夜が明けていく山々の景色を眺め、ようやく峠の茶屋にたどり着く。そこで暖かな日差しを浴びる中、枯れ芝の中に咲く一輪の菫を見つける。この作品は、厳しい山越えの旅の記憶と、そこで出会った春の息吹、そして成長した兄妹が亡き両親を偲びながら語り合う静かな情景を描く。

土田耕平

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🎧 峠 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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その時、太郎さんは七つ、妹の千代子さんは五つでありました。太郎さんはお父さんに背負はれ、千代子さんはお母さんに背負はれてゐました。

春三月とはいへ、峠の道は、まだきつい寒さでした。夜あけ前の四時ごろ、空にはお星さまが、きら/\と氷のやうにかゞやいてゐます。山はどちらを見ても、墨を塗つたやうに真黒で、灯のかげ一つ見えません。お家を出てから、もう一里あまり山の中へ入つて来たのであります。お父さんのさげてゐる提灯のあかりが、道ばたの枯草にうつるのを見ると、そここゝに雪のかたまりが凍りついてゐます。

千代子さんは、さつきから、

「さむいなあ/\。」と云つて、泣きじやくりしてゐましたが、その声がいつの間にか、

「いたいなあ/\。」に変りました。太郎さんも千代子さんも、あつい毛の襟巻をまき、足には足袋を二つ重ねてその上に毛布と外套をかけて、お父さんお母さんの背なかにしつかり負はれてゐるのですが、それほどにしても、山の寒さは身にしみとほるほどきついのであります。ことに足のさきは、ちぎれるやうに感じられます。

「お泣きでないよ。」

とお母さんが時々なだめるけれど、千代子さんはいつまでも同じやうに泣きつゞけてゐます。

太郎さんは、お父さんの背にぢつと首をもたれて、泣きたくなるのをこらへてゐました。お家を出る時に太郎さんは、背負はれるのはいやだ、歩いてゆくと云つて剛情をはりましたが、お父さんがどうしてもおゆるしになりませんでした。太郎さんは、今そのことを思ひ出して、やつぱり背負うていたゞいてよかつた、と思ひました。

太郎さんは、毛布の中からのぞくやうにして、片方の高い山を見てゐました。山のすがたは、たゞ真黒で、木やら岩やら見わけもつきませんでしたが、そのいたゞきのところが少しばかり明るく見えます。その明るみがだん/\増してきて、ポツンと金色の点があらはれました。点がだん/\伸びて角の形になりました。

「お月さまだ」と太郎さんは云ひました。

「まあ、今ごろお月さまが出ましたわ。何といふ恐い色でせう。」とお母さんが云ひました。

「二十三夜さまかも知れないな。もうじきに夜あけだ。」

とこれはお父さんの声。

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