TRENDIA CLASSIC

硯箱と時計

沖野岩三郎

1 / 5

石之助が机にむかつて、算術をかんがへてゐますと、となりの金さんが来て、

「佐太さん。石さんはよく勉強するね。きつと硯箱になりますよ。」と、言ひました。すると佐太夫は、

「いいえ。石之助はとても硯箱にはなれませんよ。硯箱になるのは、あんたの所の茂丸さんですよ。」と、申しました。

ふすまのこちらで、お父さまと金さんの話をきいてゐた石之助は、へんなことをいふものだなあと思ひました。

しばらくして、金さんが帰つたので、石之助はすぐ、お父さまの所へ行つて、

「僕が、硯箱になれないつて、何の事ですか。」と、きいてみました。

石之助が、あまり不思議さうな顔をしてゐるので、お父さまは、ひざをたたいて笑ひながら、

「狸が茶釜になつた話はあるが、人間が硯箱になつた話は、きいたことがない。こりやあ、私たちの言葉のつかひ方が悪かつた。硯箱になるのは、茂丸さんか、お前か、どつちだらうと言つたのは、かういふわけだ。」と、云つて、お父さまは、硯箱になるといふ話を説明しました。

「石之助、お前は殿様のお名前を、知つてゐるだらう。」

「知つてゐます。山野紀伊の守です。」

「さうだ。元は三万八千石の殿様で、今は子爵様だ。東京にゐらつしやる。」

「馬に乗るのが上手でせう。」

「その殿様は、もう、お亡くなりになつて、今は若殿様が子爵さまになつてゐられる。山野紀伊の守様が、東京へお引越になられてから、もう五十七年になる。その間に一度もこの町へお帰りにならないので、この町の人たちは、だんだんと、殿様の事を忘れてしまひさうだ。昨年若殿様が御病気なされた時、ひとりも、お見舞ひの手紙をさし上げたものがなかつた。それは町の人もわるいが、五十七年間、一度もこの町へおいでにならなかつた殿様も悪い。そこで、殿様とこの町の人たちが、もつと仲よくなるために、今年からこの町の学校を卒業する優等生に、殿様から御褒美を下さることになつたのだ。中学校の優等生には鉄側時計、女学校の優等生には銀側時計、小学校の優等生には硯箱を下さるんだ。御定紋のついた硯箱だよ。」

お父さまが、それだけ言つた時、石之助は、

「わかつた、わかつた。僕その硯箱をほしいなあ。」と、云ひました。

沖野岩三郎の他の作品