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TORENDIA

源八栗

本文約7,200字 ・ 読了時間 約15分

沖野岩三郎

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🎧 源八栗 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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一

もうりい博士は、みなとの汽船会社から、こまりきつたかほをして、かへつて来ました。それは、午後一時に、出るはずの汽船が、四時にのびたからです。

もうりい博士は今晩の八時から、次の町でお話をする、やくそくをしてあるのです。だから、四時のおふねにのつては、十時すぎにしか、次の町へつくことが出来ないのです。

ふねにのらないとすれば、三十きろのみちを、あるかなければなりません。しかも、そのみちといふのは、けはしい、けはしい山みちです。

やくそくを、だいじに思ふ博士は、そのけはしい、山坂をこえて、次の町へ、あるいて行くことに、決心しました。

博士は、自てん車をもつてゐました。で、それにのつて行きましたが、わづかばかり行きますと、もう、みちがけはしくなつて、自てん車に、のることも出来ません。そこで、自てん車を、おしながら、坂をのぼりました。

みちは、ますます、けはしくなりました。そのけはしいみちの、りやうがはには、一かかへもあるやうな、大きな杉や、ひのきが、しげつてゐます。しかも、それが、どこまで、つづいてゐるか、知れないのです。

博士は、少しくおそろしくなりました。えだとえだとが、しげり合つて、とんねるのやうに、うすぐらくなつてゐる、坂みちを、いきをきらせながら、のぼつてゐますと、二十めえとるばかり、前の方に、どうも、人間らしい、黒いかげが見えます。

「人だ人だ。人があるいてゐる。」

さびしい山みちですから、博士は、人かげを見て、うれしかつたのです。で、いそいで、坂をのぼつて行きました。

まもなく、博士は、その人におひつきました。そして、うしろから、「今日は。」と、こゑをかけますと、だまつて、うしろをふり向いたのは、色の黒い、目の玉の、ぎよろりと光る、とても、人相のわるい、大きな男でした。

「今日は。」と、いつて、男はぢろりと、博士の方を、ふり向きました。手には、太いぼうちぎれを、にぎつてゐます。

男のかほを見た時、博士はすぐ、「これは、どろばうだな。」と思ひました。けれども、今さら、どうすることも、できませんから、「ごめんなさい。」と、いつて、男の前を、とほりぬけて、さつさと、あるきました。

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