雨が しとしとと ふりました。その あくる日の おひるころ、一人の おぢいさんが、町の つじに 立ててある 大きな かんばんを 見ながら、ひとりごとを いって ゐました。
「この ゑは、何の ゑだらう、火事の ゑかしら。」
おぢいさんは、しきりに かんがへこんで ゐました。そこへ 一人の 男の 子が とほりかかって、
「おぢいさん、何を かんがへて ゐるんですか。」
と、たづねました。おぢいさんは、
「この ゑは、火事の ゑなんだらうか。どこかに せうばうの えんしふでも あるんですか。」
それを きいた 男の 子は 笑ひながら 申しました。
「ちがひますよ。これはね、こんや 町の 公会堂に お話が あるって、くゎうこくして あったんですよ。それが 赤インキで 書いて あったもので、ゆうべの 雨に うたれて、こんなに ながれて しまったんです。」
「さうですか。それで わかった。」
おぢいさんは、おうちの 方へ かへりました。そして となりの 店から、赤インキを ひとびん 買って 来て、それで かみへ 字を かきました。何枚も かきました。板ぎれへ ゑを かきました。何枚も かきました。
それを 見た おばあさんは、ふしぎに 思って、
「おぢいさん、そんなに 同じ ゑや 字を たくさん 書いて、どう するんですか。」
と、ききましたが、おぢいさんは だまって、その かみと 板ぎれとを もって、井戸ばたに 出てゆきました。そして 水を くんで 字を かいた かみに、ざあざあ ぶっかけますと、字は 見る見る きえて しまひました。板ぎれに 水を ぶっかけますと、ゑは めちゃめちゃに きえて しまひました。それを 見た おぢいさんは、
「これは いけない。こんな インキで 書いても、水の 中に おとしたら、みんな きえて しまふ。よし、わしが、りっぱな インキを こしらへる。雨に うたれても、水を ぶっかけても きえない、すばらしい インキを こしらへるぞ。」
おぢいさんは、すぐに くすりやへ いって、いろいろの くすりを 買って 来ました。