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TORENDIA

村のストア派

本文約18,400字 ・ 読了時間 約37分

あらすじ(AIが作成しました)

郷里の村で隠遁生活を送る樽野は、母からの仕送りが絶え、所有する蜜柑畑や調度品が差し押さえの危機にあるにもかかわらず、どこか現実離れした態度を崩さない。彼の妻や友人の林、義弟の正吉らは、差し押さえを免れようと画策しつつも、蜜柑を盗んだり村の産物をあさったりと、食いつなぐための泥棒まがいの生活を繰り返す。経済的な困窮と差し迫る没落を前に、登場人物たちが空虚な笑いや強がりを交えて過ごす日常を描く。

牧野信一

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一

沢山な落葉が浮んでゐる泉水の傍で樽野は、籐椅子に凭つて日向ぼつこをしてゐた。彼は、あたりのことには関心なく何か楽し気な思ひ出にでも耽つてゐる者のやうに伸々と空を仰いでゐるが、何時の間にか眠り込んでしまつたのかも知れない、膝の上に伏せてあつた部厚な書物が音をたてゝ足許に滑り落ちても拾はうともしないから。書物は、もう少しで水の上に落ちかゝりさうなところで躑躅の小株につかえてゐた。そして、情熱的な読者の赤鉛筆で共鳴の傍線があちこちに誌してある「抽象的観念の実在」――そんな項目の頁を微風に翻してゐた。

ついこの間までは大きな鯉が悠々と泳いでゐたが樽野が悉く売り払つてしまつたので泉水は霜枯れ時の運動場のやうに静かで、間が抜けてゐた。いつもなら赤、白、青の鯉が行列をつくつて游ぎ回つてゐるので水底は不断にもや/\と煙つてゐたが、今は隈なくすき透つて藻の蔭に沈んでゐる蒸汽船や瀬戸物の破片などまでがはつきりと見えたし崖の小笹の間から滾れる水を招んで気ながに湛えた泉水の水なので、一度濁ると容易に魚の姿が判別出来るまでには澄まなかつたが、斯んなに澄み透つた水が満々としてゐるのを見ると妙に空々しく不自然であつた。

樽野は庭などを眺めるために椅子に凭つてゐるのではない。彼は、鯉などが居ようと居まいと、水がそんなに空しく澄み透つてゐやうと、全く無頓着なのである。――今度はその辺の庭木でも売ることにしようか、あの石灯籠はあつても無くても好さゝうだ、あれに仕様か――書斎に坐つて読書をしてゐたのであるがそんなことばかりが気になつたので本を抱えて庭先きを今更のやうに験めに出て来たのだが、そして、そんなものを売ることの楽しさを考へてゐるうちに、すつかり好い心地になつてぐつすりと眠つてしまつたのである。彼は、口をあいて、虚空を仰いでゐた。爪先きが汀の右につかえてゐるから保たれてゐるものゝ若しや幻で身悶えでもしたら忽ち水の中へ落ち込んでしまふに相違ない。

「つまり僕達は毎日、好い気になつて泥棒を働いてゐたわけだね。」

「あたし達に注意をしに来た時には、番人の方が返つて赤い顔をしてゐたわ。」

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