ペルリ行
本文約1,300字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
横須賀で療養中の病弱な私は、酒を断つため散策を日課としている。浦賀へ向かうバスで「ペルリ行」という札を目にし、かつて米水師提督ペルリが来航した歴史に思いを馳せる。案内書には当時の物々しい警戒や、備えた釣鐘を大砲に見立てる滑稽なまでの防衛の様子が記されている。私はその記録を読みつつ、自身の内面に潜む煩悩や、それを打ち払おうと奮闘する心境の揺れを、歴史の風景に重ねて綴る随筆である。
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私は昨今横須賀に住んで、夙に病弱の療養に専念してゐる。それを第一の仕事にしてゐる。小田原からここに移つて、二ヶ月あまり経つた。私にとつての療養の第一は酒を慎しむことである。寧ろ絶対に酒の色香を忘れなければならぬのである。私は従来、あまりに久しく恋愛に迷つたためしはないが、それでも昔学生服を着てゐた時分に、忘れ給へ、忘れ給へ、否応なく忘れるより他はどうするといふ術のありやう筈はないんだもの――といふやうなことを友達から云はれても容易に忘れることの叶はなかつた一つ二つの思ひ出は持つてゐる。忘れられないで、半年も一年もぼんやりして独りで汽車に乗ることを専らにしたこともあつた。ところが昨今僕は、そんなことを云ふ友達は在る筈もないのだが、酒を飲みたがらうとする自分に向つて、別の自分が友達となつて、忘れ給へ、忘れ給へ、否応なく忘れるより他は――と忠告して、天気でありさへすれば散策へ誘ひ出すのだ。軍艦を見学し、飛行場へ通ひ、またあちこちの灯台を訪ねた。今日は家内と連れだつて浦賀へ向つた。湘南電車の終点から久里浜へ向ふバスに、「ペルリ行」といふ札が掛つてゐた。土地の者らしい人は、皆な、ただ、「ペルリ」と云つて切符を買つた。僕は、あの、……あの……その、ペルリの記念碑のあるところまで、と吃つて切符を買つた。そして私はあわてて案内書を読みはじめてゐた。「……湘南浦賀駅ヨリ県道ニ添ウテ浦賀園ヲ左ニ見ツツ久里浜村ヘ入リ、村役場前ヲ左ニ折レテ十余町スレバ浜辺へ出ルナリ、即チ茲ハ嘉永六年六月九日米ノ水師提督ペルリ氏ガ吾ガ幕府ナル井戸石見守浦賀奉行戸田伊豆守等ガ衝ニ当ツテ応接セル所ナリ、(略)此ノ記念碑ノ前ニ立チテ史ヲ繙キツツ当時ノ劇的情景ヲ想起シ六十余年後ノ今日ニ思ヒ至レバ、ウタタ感慨無量ノ念ニ駆ラレザル者ヤアラン(略)ペルリ氏一行ヲ応接所へ先ヅ案内シタルハ浦賀ノ与力中島三郎助ニシテ、アタリノ警備ノ物々シサハ実ニヤ言語ニ絶シタル厳メシサナリキ、中ニハ干鰯俵ヲ積ミ重ネタル其上ニ野砲ノ筒先ヲ揃ヘテ威嚇ヲバ試ミ、ハタ又千代ヶ崎ナル平根台場ニハ多クノ釣鐘、半鐘ノ口ヲ並ベテ海ノ上ナル黒船目ガケテ向ケ置キシ等今日ニシテ考フルナレバ実ニモ誠ニ噴飯笑止ノ至リナリ。」