本文へ移動
TORENDIA

他界に対する観念

本文約5,600字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

他界に対する観念を論じる。人間は古来、世界の二元性に基づく他界への観念を抱き、それを詩歌や宗教の糧としてきた。西洋文学が超越的な善悪や魔力を用いて壮大な想像力を展開する一方、日本文学は古神学や仏教思想の影響により、他界の観念が身近な存在や自然への恐怖に留まり、崇高で壮偉な世界を構築するに至っていないと指摘する。現実界への執着を超え、未踏の他界へ想像を広げる理想詩人の出現が待望される。

北村透谷

速度
🎧 他界に対する観念 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 8

悲劇必らずしも悲を以て旨とせず、厭世必らずしも厭を以て趣とせず、別に一種の抜く可からざる他界に対する自然の観念の存するものあり、この観念は以て悲劇を人心の情世界に愬へしめ、厭世を高遠なる思想家に迎へしむ、人間ありてよりこの観念なきはあらず、或は遠く或は近く、大なるものあり、小なるものあり、宗教この観念の上に立ち、詩想この観念の糧に活く。

この観念は世界の普通性なり、而してこの観念あると共に離る可からざるものは、この観念に二元性ある事なり。或は善悪と云ひ、或は陰陽と言ひ、或は光暗と云ふが如き、ペルシヤのむかしに、アームズトの神、アハメルの神ありし如く、イスラエルのむかしに、ヱホバ神と悪魔とを対比せし如く、顕著なると顕著ならざると、一神と多神との区別あり、あらざるとに拘らず、彼の元を二にするの性は此観念に離れざるなり。凡そ詩歌あるの国に於て鬼といふ字のあらざるはなかるべく、神といふ字のあらざるはなかるべし、コメデイ或は鬼神なきの国にも発達するを得ん、トラゼヂイに至りては必らず鬼神なきの国に興るべからず、シユレーゲルも論じて古神学は希臘悲劇の要素なりとは言へり、げにやソホクルス以下の名什も、彼国に鬼神なかりせば恐らくは伝ふる程の物にてはあらざりしならむ。

フヱーリイあり、ヱンゼルあり、サイレンあり、スヒンクスあり、或は空中に棲めるものとし、或は地上の或奥遠なるところに住めりとなす、共に他界に対する観念なり、遠近は世界の広狭によりて差ありしのみ。或は聖美なるもの、或は毒悪なるもの、或は慈仁なるもの、或は獰猛なるもの、宗教の変遷、思想の進達に従ひて其形を異にするが如しと雖、要するに二岐に分れたる同根の観念なり。

北村透谷の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本