籔のほとり
本文約15,300字 ・ 読了時間 約31分
あらすじ(AIが作成しました)
祖母の家で静かに滞在する青年樽野は、憂鬱症を抱えながら周囲の人々との交流を避ける生活を送っている。祖母の家に飾られた翳扇に疑問を抱き、友人滝の家を訪ねようとしては逃げ出すような奇妙な行動を繰り返す彼は、現実との間に不穏な距離を感じ始める。ある日、祖母から生活態度を厳しく指摘され、自分の抱える密かな感情を見抜かれた樽野は、閉塞感の中で追い詰められ、変化する季節と共に自らの内面と向き合うことになる。
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一
どうして此処の座敷の欄間にはあのやうな扇があんな風に五つも六つもかゝげてあるんだらう! 装飾の意味にしてはあくどすぎる! 何となくわけあり気に見えるではないか?
それにしてもあれは一体何に使ふものなのだらうか? 扇子には違ひないが、あれを扇子に使ふ者は仁王より他にはあるまい!
樽野は祖母の家に来る毎によくそんなことを思つたことがあるが、別段誰に訊ねようともしなかつた。扇だが、あたり前の扇子と構造には何の相違もない扇だが、中で一番大きいのは雨傘の半型程もある。舞扇のやうに極彩色のものもあれば、淡白な黒絵もある。
そんな扇が槍や陣笠や弓矢などがかゝげてある欄間の長押に仰々しく拡げて額になつてゐた。
それが翳扇と称ふものであるといふことを樽野が聞き知つたのは彼が青年になつてからのことである、とても果敢ない恋のやうなこともあつたが、無くつてもそれ位なつまらなさは覚え初める頃なのだ、人に会ひたくない、と云つて隠れてゐればわけもなく胸が一杯になる、旅などが出来る質ではない、その癖灯りがともる時刻になると凝つとして独りではゐられない、そして誰と会つて愉快気な雑談を交してゐても稍ともすればふと面を隠したくなるやうな……そんな初めての憂鬱症に出遇つた頃樽野はこの祖母の家を最も好ましい「隠れ場所」にして、永い滞在を乞ふたことがあつた。
「今はシヤッポといふものがあるからそんなものもいらなからうが、昔はあゝいふ物を、斯う――」と年寄は反り身になつて片手を顔の斜め上にかゝげた。「……斯うして歩いたものさ。」
顔の見えないやうな仕掛けで誰とでも話が出来れば好いんだが――どうかするとそんな馬鹿気た想ひに走ることがあつた樽野は、悦んで膝を打つた。そして、笑つた。
「斯うしてね……?」と彼は酷く感心しながら口真似したゞけでは足りないで、そこにあつた何かのグラフを取りあげると、見合せてゐる年寄と自分の顔の間に戸立てた。