TRENDIA CLASSIC

先生の顔

竹久夢二

1 / 4

それは火曜日の地理の時間でした。

森先生は教壇の上から、葉子が附図の蔭にかくれて、ノートへ戯書をしているのを見つけた。

「葉子さん、そのノートを持ってここへお出でなさい」不意に森先生が仰有ったので、葉子はびっくりした。

葉子は日頃から成績の悪い生徒ではありませんでした。けれど鉛筆と紙さえ持つと、何時でも――授業の時間でさえも絵を画きたがる癖がありました。今も地理の時間に、森先生の顔をそっと写生していたのでした。そして葉子は森先生を大変好きでした。

森先生に呼ばれて、葉子はそのノートを先生の前へ出した。先生はすこし厳い顔をしてノートを開けて御覧になった。するとそこには、先生の顔が画いてあった。

森先生は、それをお読みになって、笑いたいのを我慢して、やっとこう仰有った。

「今日は許してあげますけれど、これからは他の時間に絵を画いてはいけませんよ。これは私が預っておきます」

葉子はお辞儀をして静かに自分の席へつくと、教壇の方を見あげた。けれど森先生は、決して葉子の方を御覧にならなかった。葉子にはそれが心配でならなかった。

やがて授業時間がすむのを待ちかねて、生徒達は急いで家へ帰っていった。葉子は一番最後に学校の門を出て、たったひとり帰ってきた。途途にも今日の地理の時間のことが心を放れなかった。

つぎの日、葉子はすこし早めに家を出て、森先生のいつも通っていらっしゃる橋の上で先生を待っていた。やがて先生は、光子という同級の生徒と連れだって歩いていらした。葉子は丁寧にお辞儀をした。先生は何事もなかった前のように、にこやかに「おはよう」を仰有った。それで葉子は、ほっと安心した。そしてうれしさに忙しくて、悪い気ではなく光子に「おはよう」を言うのを忘れていた。

「葉子さんおはよう!」光子はわざと意地悪く葉子の前へ突立ってお辞儀をした。そして「葉子さん、今日は廻り道をしていらしたのね」

と光子は科めるように言った。葉子は日頃から意地の悪い光子が好きでなかった。

「ええ」と葉子はおとなしく答えた。

森先生は、葉子のリボンをなおしてやりながら、

竹久夢二の他の作品