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TORENDIA

居酒屋の聖人

本文約2,500字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

茨城県取手の町で居酒屋「トンパチ」を愛用した著者は、そこでコップ酒を飲みながら政治家を気取って気焔を上げる百姓や労務者たちを観察する。彼らは自身の職域について語ることなく、総理大臣を自称しては政策論争を繰り広げる。書くことに苦しんでいた著者は、そんな彼らの姿に身を切られる思いを抱きながらも静かに過ごし、周囲から聖人のように信頼される。著者は自らの経験を振り返り、傍若無人に振る舞うことの重要性を説く随筆的考察。

坂口安吾

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🎧 居酒屋の聖人 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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我孫子から利根川をひとつ越すと、こゝはもう茨城県で、上野から五十六分しかかゝらぬのだが、取手といふ町がある。昔は利根川の渡しがあつて、水戸様の御本陣など残つてゐる宿場町だが、今は御大師の参詣人と鮒釣りの人以外には衆人の立寄らぬ所である。

この町では酒屋が居酒屋で、コップ酒を飲ませ、之れを『トンパチ』とよぶのである。酒屋の親爺の説によると『当八』の意で、一升の酒でコップに八杯しかとれぬ。つまり、一合以上並々とあつて盛りがいゝといふ意味ださうだ。コップ一杯十四銭位から十八九銭のところを上下してゐて、仕入れの値段で毎日のやうに変つてゐる。ひどく律儀な値段であるが、東京から出掛けてくる僕の友達は大概眼をつぶつたり息を殺したりして飲むやうな酒であつた。僕は愛用してゐた。

トンパチ屋の常連は、近所の百姓と工場の労務者達であつたが、百姓の酔態といふものは僕の想像を絶してゐた。僕自身もさうであるが、東京のオデンヤの酔つ払ひといふものは、各々自分の職域に於て気焔をあげるものである。ところが、百姓達は、俺のうちの茄子は隣の茄子より立派だとか、俺は日本一のジャガ芋作りだとか、決して、かういふ自慢話はしないのである。自分の職域に関する気焔は一切あげない。さうして、酔つ払ふと、まづ腕をまくりあげ、近衛をよんでこい、とか、総理大臣は何をしとる、とか、俺を総理大臣にしてみろ、とか、大概言ふことが極つてゐる、忽ち三人ぐらゐ総理大臣が出来上つて、各々当るべからざる気焔をあげ、政策が衝突して立廻りに及んだり、和睦して協力内閣が出来上つたり、とにかくトンパチ屋といふものは議会の食堂みたいなものだ。

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