散る日本
本文約18,100字 ・ 読了時間 約37分
あらすじ(AIが作成しました)
将棋の名人戦を観戦する筆者は、名人位を賭けた勝負の凄惨な心理戦に魅了される。かつて十年不敗を誇った名人が、勝負への執念を失い風格や妥協に逃避する姿を通して、筆者は日本社会に蔓延する実力軽視の傾向を批判する。将棋の勝敗が示す技術の厳しさを引き合いに出し、政治や文学においても形式的な権威や精神論を排し、自らの道に殉ずる実質的な強さと誠実さこそが重要であると論じる。
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一九四七年六月六日
私は遠足に行く子供のやうな感動をもつて病院をでた。私の身辺には病人があり、盲腸から腹膜となつて手術後一ヶ月、まだ歩行不自由のため私も病院生活一ヶ月、東京では六・一自粛などと称して飲食店が休業となり、裏口営業などといふ、この影響如何、悪政と思はざるか、新聞記者がそんなことを訊きにくる。つまり私が飲ン平で六・一自粛の被害者の代表選手に見立てられたわけだが、病院生活一ヶ月、私は東京と無縁の生活で、裏口をくゞるはおろか、自粛のマーケットを外から眺めたこともない。
病人は新らたに胸が悪くなり、腹に水がたまりだしたから、病院の方で匙を投げて、手に負へなくなつたから内科の医者に切りかへる方がいいといふ、病室の隣りがすぐ工場で、金属をきる最高音が火花をちらして渦巻き起つてゐるのだから、私は仕事をすることもできない。私はまつたく一ヶ月ぶりの外出で、私はそれまで二三度外出したが、それは金策とか東京の名医を迎へに行くとか病人の食べ物を依頼に行くとか、私のための外出は始めてであつた。私は子供の遠足と同じやうに竹の皮の握り飯をぶらさげてゐたのである。私は幸福であつた。
目蒲電車は事故を起して、単線の折返し運転。多摩川園前で乗客を降して、全員を渋谷行きへ乗換へさせる。二つの電車のラッシュアワーの混乱を一時につめこむから、座席も総立ちとなり網棚にぶらさがつても後から後から押しこんで、私の足は宙にういてせり上つて下へ落ちない始末、握り飯に執着して頭上へ持ち上げたのが運のつきで、心臓を防衛する腕を失つたから、全乗客の圧力がぢかに心臓にかゝつてきたが、もう持ち上げた腕を下すことができない。握り飯の代りに心臓をつぶすとは哀れな最後だなどと危篤昏酔のうちに、渋谷へついた。私はしばらく歩行ができず、押しだされるとホームの鉄柱にもたれて、意識の恢復を待たなければならなかつた。