金銭無情
本文約79,400字 ・ 読了時間 約159分
あらすじ(AIが作成しました)
かつて哲学者として期待された最上清人は、心中未遂や度重なる結婚を経て、現在は「タヌキ屋」という飲み屋を営んでいる。ある時、清人は怪しげな宗教的演出を伴う詐欺的な出来事に遭遇する。そこで彼は、異様な風貌の「養神様」と対峙し、その懸命な姿に人間の複雑さと不可解な生命力を垣間見る。本作は、厭世的で知的な視点を持つ一人の男が、戦後の混乱した日常の中で人間の本質と向き合っていく様を描く。
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金銭無情
最上清人は哲学者だ。十年ほど前、エピキュロスに於ける何とかといふ論文と、プラトンの何とかといふ論文を私も雑誌に見かけたことがあるが、その後は著作はやらなくなり、講壇に立つたことは一度もないので、哲学専門の学生でも彼の名は知らない。
先日私のもとに訪れてきた雑誌記者の話によれば、彼の恩師のDD氏は、哲学界の新人は? といふ記者の問に答へて、さて、新人かどうか、彼はすでに旧人だが、と、最上清人の名をあげて、彼の思想はギリシャにもローマにも近代にも似てゐない、たゞ人間に似てゐる。最も個性的な仕事が期待できるのだが、彼は著作しないだらうと答へたといふ。実際彼は記者から執筆の依頼を受けて応じたことは、すでに十年、絶無であつた。
私は然し他でも彼の評判を耳にしたことがあつた。QQ神父及びLL氏、LL氏は日本の大学では文学史や中世思想史を講ぜられたが、本国仏蘭西に於ては著名な羅典語学者で、私はこの御両名から、日本に於て本当に羅典語を解する人は最上清人だらうと承つたことがある。彼はそのころある書店で古典の叢書編纂に当つてをり飜訳者を探してゐた。私は彼と中学時代の同窓であるが、彼が羅典語に通じてゐるといふことは、その時まで知らなかつた。
彼は昔、心中したことがあつた。相手の女は銘酒屋の娼婦で、女は死んだが、彼は生き返つた。警察の取調べを受けて、死んでも生きても同じことだ、と呟いたといふ。私は旧友の名を新聞記事の中に見出しながら吹きだしたのであるが、後日彼と交游を深めるやうになつて、僕は首くゝりを主張したが、女が催眠薬にしようと云つてきかなかつたんだ、僕は自殺は考へてゐたが心中といふ考へはなかつたので、女が催眠薬をのむといふなら、僕は僕で首くゝりをした方がよかつたんだが、僕が先に死んぢやつてぶら下つたんぢや怖しいと女が言ふんでね、万やむを得ず心中的になつちやつたんだ、と言つた。