だいこん
本文約152,500字 ・ 読了時間 約306分
あらすじ(AIが作成しました)
太平洋戦争の終戦を迎えたある晴れた日、語り手の私は庭で過ごす母の様子や、終戦に伴う社会の混乱と世相を眺める。憲兵隊の警備に関する奇妙な回覧板を読みつつ、敗戦という巨大な転換点を前に、かつてない悲劇に翻弄される現実と、そこから生まれる新しい未来への希望を綴る。B29の爆音が響き渡る中、かつての国の終りとこれからの再生を思い描き、世界平和の中で新しい花を咲かせる国として歩むことを願う心境を、詩的な回想とともに描き出している。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
十五日 水曜
どこかで道草を食っていた最後のB29が一機、海よりも青い空の中をクラゲのように泳ぎながらゆるゆるとサイパンのほうへ帰って行った。
アンデルセンなら、お得意の童話の擬人法で、〈戦争……それは最後の装甲を解き、おのがベッドへ寝に行った〉とでも書くところだろう。
日本は降参した。とうとう奇蹟は起きなかった。
一夜のうちに大西洋の底へ沈んだアトランティド大陸のように、連合国がみなスッポリ海へ沈んで無くなってしまえと熱烈に期待していたが、駄目だった。芝生にふりそそぐ陽の光も、木の上を通る風の色も、なんの変りもないように見えるけど、これでもう今朝までのものとはちがう〈何物か〉なんだ。
それにしてもなんというすッとぼけた晴れようなんだろう。五年前の六月、フランスが降参した日もちょうどこんないいお天気で、〈空はあくまでも澄み、空気はさわやかで、このときほど美しい巴里はかつてなかった〉となにかの本に書いてあった。統計歴史学のお説だと、大きな国が倒れたり英雄が死んだりする日は、たいてい天気がよかったそうだから、その点では文句もいえない。
庭境いの夾竹桃の下で、ルルがごろごろ身体をころがしたり自分の尻尾にじゃれついてグルグル廻ったりしている。いかにもあそんでもらいたそうなようすだ。ご放送がすんでからママのおつきあいをしてロッキングに掛けていたが、べつに面白いこともない。クラブへ行ってみようとそっと立ちあがると、すかさずママがたずねた。
「どこへいらっしゃるんです」
「ちょっとクラブへ」
「クラブになにがあるんですか」
「なにがあるか、行ってみないとわかりませんのですけど」
「あなたはどうしてそうジタバタするんです。今日ぐらいは落着いていられないんですか」