顎十郎捕物帳
本文約11,700字 ・ 読了時間 約24分
あらすじ(AIが作成しました)
北町奉行所の吟味方筆頭森川庄兵衛は、頑固一徹な性格で市中の検察を担う一方、一人娘と万年青の栽培に情熱を注ぐ老人である。ある時、大切な印籠を紛失し、愛培する万年青も原因不明で弱り始める。同居する親類で例繰方の阿古十郎から、万年青の不調と印籠の紛失には関連があると示唆された庄兵衛は、独自の洞察から植木鉢の底に隠された真相を突き止める。変わり者の甥と共に事件を解決する様を描く捕物帳。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
獅子噛
春がすみ。
どかどんどかどん、初午の太鼓。鳶がぴいひょろぴいひょろ。
神楽の笛の地へ長閑にツレて、なにさま、うっとりするような巳刻さがり。
黒板塀に黒鉄の忍返し、姫小松と黒部を矧ぎつけた腰舞良の枝折戸から根府川の飛石がずっと泉水のほうへつづいている。桐のずんどに高野槇。かさ木の梅の苔にもさびを見せた数寄な庭。
広縁の前に大きな植木棚があって、その上に、丸葉の、筒葉の、熨斗葉の、乱葉の、とりどりさまざまな万年青の鉢がかれこれ二三十、ところも狭にずらりと置きならべられてある。羅紗地、芭蕉布地、金剛地、砂子地、斑紋にいたっては、星出斑、吹っかけ斑、墨縞、紺覆輪と、きりがない。
その広縁の、縮緬叩の沓脱石の上に突っ立って苦虫を噛みながら植木棚を眺めているのが、庄兵衛組の森川庄兵衛。
親代々与力で、前の矢部駿河守の時代から北町奉行所に属し、吟味方筆頭市中取締方兼帯という役をあい勤める。罪人の取調べ、市中の聞きこみ、捕物などを掌るので、今でいうなら検事と捜査部長を兼ねたような役柄。これは大した威勢のもので、六人の書役、添役のほか、隠密廻、定廻、御用聞、手先、下ッ引と三百人にあまる組下を追いまわし、南番所と月交代に江戸市中の検察の事務にあたっている。
大岡越前守にしろ、筒井伊賀守にしろ、または鳥居甲斐守にしろ、名奉行とうたわれたひとはみな南町奉行所に属し、れいの遠山左衛門尉が初任当時ちょっとここにいただけで、初代、加々爪忠澄以来、この北町奉行所というのはあまりパットしない存在だった。
講談や芝居で引きあいに出されるのは、いつも南町奉行所で、こちらのほうは、あって無きが如くに扱われる。組下には相当俊敏な者もいるのだが、運が悪いというか、あまり派手な事件にぶっつからない。町方や南番所の組下は、庄兵衛組と言わずに、しょんべん組と呼んで馬鹿にしている。組屋敷は本郷森川町にあるが、庄兵衛はいたって内福なので、すこし離れたこの金助町に手広い邸をかまえて住んでいる。