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TORENDIA

顎十郎捕物帳

本文約10,700字 ・ 読了時間 約22分

あらすじ(AIが作成しました)

神田の釣道具屋で釣り道具を買い求めた顎十郎は、本郷で古文書を読み耽りながら過ごす風変わりな男である。過去に井戸へ投げ込まれた死体や、火事現場の焼け死体の不自然な点から事件を見抜いた経験を持つ。ある日、江戸で喉を斬られる不可解な事件が相次ぎ、顎十郎は釣り場に残された証拠や現場の状況を観察し、犯人の癖や手口を鮮やかに推理していく。独自の鋭い視点で事件を解決し、とらえどころのない日常へ戻っていく姿を描く。

久生十蘭

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魚釣談義

神田小川町『川崎』という釣道具屋。欅の大きな庇看板に釣鈎と河豚を面白い図柄に彫りつけてあるので、ひとくちに、神田の小河豚屋で通る老舗。

その店先に、釣鈎や釣竿、餌筥などをところも狭にとりひろげ、ぬうとかけているのが顎十郎。所在なさに、とうとう釣りでもはじめる気と見える。

顎十郎と向きあっているのは、辣薤面のひどく仔細らしい番頭で、魚釣りの縁起、釣りの流派、潮のみちひきから餌のよしあしと、縷々としてうむことがない。

阿古十郎のほうは、例のごとく、垢染んだ一枚看板の羽二重の素袷、溜塗のお粗末な脇差を天秤差しにし、懐から手先を出して、へちまなりの、ばかばかしくながい顎の先を撫でながら、飽きたような顔もしないでのんびりときいている。……なにしろ、日も永いので。

「……いったい、この青鱚釣りともうしますのは、寛文のころ、五大力仁平という人が釣ったのがはじめだとされているんでございまして、春の鮒の乗ッ込釣り、秋の鰡のしび釣り、冬の釣りと加えて、四大釣りといわれるほどでございまして、いかにも江戸前な釣りなんでございます。……尺を越えますと寒風ともうし、八寸以上のを鼻曲り、七八寸を三歳鱚。五六寸を二歳鱚。当歳鱚は腹が白うございまして、二歳は薄黄色、三歳以上は黄色に赤味がまじり、背通りは黒うございます。海鱚は白鱚ともうし、青鱚は川の鱚なんでございます。釣鈎、釣竿、釣糸、錘、えばにいたりますまで、いちいちこまかい習いがあることでございまして、とても、ひとくちには……へい」

「さようか、よく、わかった。……それで、この節は、どの辺が釣り場所なのか」

「およそ釣りの時節は、温涼風雨陰晴満干、それに、潮の清濁によりまして、年々遅速がございますが、今年は潮だちがよろしゅうございましたので、このごろでございましたらば、鉄炮洲の高洲、……まず、久志本屋敷の棒杭から樫木までの七八町のあいだが寄り場になっておるんでございます。……彼岸の中日から以後十日までのあいだは中川の川口、それ以後は、佃と川崎が目当て場になります」

「なるほど、くわしいもんだの」

「さようでござります」

といって、きょろりと空嘯く。

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