TRENDIA CLASSIC

カストリ侯実録

久生十蘭

1 / 20

全十二巻の厖大な艶笑自叙伝「回想録」Mmoires を書くことに生涯を費した色情的好事家ジォウァンニ・ヤコポ・カサノヴァと霊媒術をもってルイ十六世の宮廷で華々しい成功をし、「マリイ・アントアネットの首飾事件」に連坐してバスチーユに繋がれ、後、ローマで獄死した天才詐欺師バルサモ・ディオ・カリオストロ伯爵とルイ・シャルル・ド・カストリ侯爵の三人をある小史作者は十八世紀末から十九世紀中頃までの三大変種といっている。

三人ながら姓がCではじまっているところに作者の特別な配慮があるわけなのであろうが、カストリ家(Maison de Castries)は南仏エロ県カストリに広大な荘園と城館を持つ中世紀以来の旧家で、城館はいまもそこに残っている。カストリ家の先祖はマルセーユの太守でありながらケイル・エド・デインなどに伍して地中海を荒しまわった海賊で、スタンダールが「赤と黒」でピラール師をして、「君は大貴族の邸に住んでいるくせに、カストリ侯爵がダランベールやルソオについていった言葉を知らないのか。(あいつらはなんにでも理窟をつける。そのくせ千エキュの年収もないんだ)」といわせている。ルイ十五世代の海軍元帥、ルイ十六世の代には海軍相だったこともあるそのカストリ侯爵である。

その子、ノオンドルフという独逸名もあるルイ・シャルル・ド・カストリ侯爵は全欧州に話題を捲き起した奇異な人物だったが、色情狂や詐欺師の同列に置くような人間でないことは、種々な事情によって今はもう明らかになっている。

当時の計算好きな男の報告によれば、一七九二年の四月五日にはじめて活動を開始した断頭台が最もよく稼いだ日には、四十五分間に六十二個の首を転がしたということである。フランス革命には、弑逆、屠殺、反噬、裏切、暗殺、欺騙、賄賂、恐喝、その他、人間のあらゆる卑怯な振舞いと残虐行為の最高の模範が示されているが、タンプルの古塔の中で行なわれた幼児虐待はその尤たるものであった。

久生十蘭の他の作品