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TORENDIA

顎十郎捕物帳

本文約9,600字 ・ 読了時間 約20分

あらすじ(AIが作成しました)

江戸の町から犯罪が消えるという奇妙な事態が発生し、神田の御用聞であるひょろ松は、顎十郎に智慧を借りに向かう。顎十郎は、ある大黒の尊像に刻まれた符牒を紐解き、それが一節切の譜面を用いた隠語であることを突き止める。真相に辿り着いた顎十郎は、弥太堀の大黒屋に潜伏し、咸臨丸の金二十五万両の強奪を企てていた勤王くずれの無頼漢たちの存在を明らかにし、事件の解決へ導く様子を描く。

久生十蘭

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川風

「阿古十郎さん、まア、もうひとつ召しあがれ」

「ごうせいに、とりもつの」

「へへへ」

「陽気のせいじゃあるまいな」

「あいかわらず、悪い口だ。……いくらあっしが下戸でも、船遊びぐらいはいたします。……これがあたしの持病でね。……まア、いっぱい召しあがれ」

川面から映りかえす陽のひかりが屋根舟の障子にチラチラとうごく。

むこうは水神の森。波止めの杭に柳がなびき、ちょうど上汐で、川風にうっすら潮の香がまじる。

顎十郎のとりもちをしているのは、神田の御用聞のひょろ松。その名のとおり、麹室のもやし豆のようにどこもかしこもひょろりと間のびがしていて、浅黒い蔭干面が、鷺のようにいやにひょろ長い首のうえにのっかっている。長いことにかけては、顎十郎の顎と好一対。

酒と名のつくものなら、金鯛にも酔う男。それが、屋根舟で、むやみと斡旋をしようというのだから、これには、なにかいわくがありそう。

矢つぎばやの追っかけ突っかけで、顎十郎、さすがにだいぶ御酩酊のようす。

ぐにゃりと首を泳がせて、

「ときに、ひょろ松、お前、今年、いくつになる」

「へえ、三十……に、近いんで」

「お前の三十にちかいも久しいもんだ。……本当の年は、いくつだ」

「三十四でございます」

「それなら、四十に近い」

「いえ、三十のほうに近い」

「ふふふ、小咄だの。……それはいいが、その年をさげて、こんな芸しかできないとは、お前もよっぽどばちあたりだ」

へたにとぼけた顔で、

「それは、なんのことでございます」

「ひょろ松、相手を見てものを言え」

顎十郎、長い顎のさきを撫でながらニヤニヤ笑って、

「おい、お見とおしだよ」

「………」

「お前、叔父貴に授けられて来たろう」

「なにをでございます」

「強情だの。……それそれ、へたにとぼけたお前の顔に、頼まれて来た、と書いてある。……おれの口から頼みます願いますでは、天下の与力筆頭の沽券にかかわる。……あの通り、口いやしいやつだから、酒でもたらふく飲ませ、喰いものをあてがって、うまく騙してなんとか智慧をかりてくれ。酔わせせえすりゃ、いい気になって、なんでもペラペラ喋るやつだ。……どうだ、ひょろ松」

「まったく、その通り……」

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