川風
「阿古十郎さん、まア、もうひとつ召しあがれ」
「ごうせいに、とりもつの」
「へへへ」
「陽気のせいじゃあるまいな」
「あいかわらず、悪い口だ。……いくらあっしが下戸でも、船遊びぐらいはいたします。……これがあたしの持病でね。……まア、いっぱい召しあがれ」
川面から映りかえす陽のひかりが屋根舟の障子にチラチラとうごく。
むこうは水神の森。波止めの杭に柳がなびき、ちょうど上汐で、川風にうっすら潮の香がまじる。
顎十郎のとりもちをしているのは、神田の御用聞のひょろ松。その名のとおり、麹室のもやし豆のようにどこもかしこもひょろりと間のびがしていて、浅黒い蔭干面が、鷺のようにいやにひょろ長い首のうえにのっかっている。長いことにかけては、顎十郎の顎と好一対。
酒と名のつくものなら、金鯛にも酔う男。それが、屋根舟で、むやみと斡旋をしようというのだから、これには、なにかいわくがありそう。
矢つぎばやの追っかけ突っかけで、顎十郎、さすがにだいぶ御酩酊のようす。
ぐにゃりと首を泳がせて、
「ときに、ひょろ松、お前、今年、いくつになる」
「へえ、三十……に、近いんで」
「お前の三十にちかいも久しいもんだ。……本当の年は、いくつだ」
「三十四でございます」
「それなら、四十に近い」
「いえ、三十のほうに近い」
「ふふふ、小咄だの。……それはいいが、その年をさげて、こんな芸しかできないとは、お前もよっぽどばちあたりだ」
へたにとぼけた顔で、
「それは、なんのことでございます」
「ひょろ松、相手を見てものを言え」
顎十郎、長い顎のさきを撫でながらニヤニヤ笑って、
「おい、お見とおしだよ」
「………」
「お前、叔父貴に授けられて来たろう」
「なにをでございます」
「強情だの。……それそれ、へたにとぼけたお前の顔に、頼まれて来た、と書いてある。……おれの口から頼みます願いますでは、天下の与力筆頭の沽券にかかわる。……あの通り、口いやしいやつだから、酒でもたらふく飲ませ、喰いものをあてがって、うまく騙してなんとか智慧をかりてくれ。酔わせせえすりゃ、いい気になって、なんでもペラペラ喋るやつだ。……どうだ、ひょろ松」
「まったく、その通り……」