TRENDIA CLASSIC

顎十郎捕物帳

久生十蘭

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夕立の客

「……向島は夕立の名所だというが、こりゃア、悪いときに降りだした」

「佐原屋は、さぞ難儀していることだろう。……長崎屋さん、ときに、いま何字でございますね」

「はい、ちょうど七字と十ミニュート……」

「ああ、そうですか。……六字に神田を出たとして、駕籠ならば小泉町、猪牙ならば厩橋あたり。……ずぶ濡れになって、さぞ、弱っているだろう」

「……佐原屋のことだから、如才なく船宿へでも駈けこんだこッたろうが、それにしても、この降りじゃ……」

向島白髭の、大川にのぞんだ二十畳ばかりの広座敷。

朱塗の大きな円卓をかこんで、格式張ったお役人ふうなのをひとりまぜ、大商賈の主人とも見える人体が四人、ゆったりと椅子にかけ、乾酪を肴に葡萄酒の杯をあげている。

ちょっと見には、くすんだくらいの実直な着つけだが、仔細に見れば生粋の洋風好み、真似ようにも、ここまではちょいと手のとどかない、いずれも珍奇な好尚。

里紗絹の襦袢に綾羅紗の羽織。鏤美の指輪を目立たぬように嵌めているのもあれば、懐時計の銀鎖をそっと帯にからませているのもある。

この春、舶載したばかりの洋麻の蕃拉布を、競うようにひとり残らず首へ巻きつけ、襦袢の襟の下から、うす黄色い布色をチラチラとのぞかせている。

それもそのはず、ここに居おうのは開化五人組といわれる洋物屋の主人。

いずれも腐儒の因循をわらい、鎖港論を空吹く風と聞き流し、率先して西洋事情の紹介や、医書、究理書の翻刻に力を入れ、長崎や横浜に仕入れの出店を持って手びろく舶載物を輸入する、時勢から二歩も三歩も先を行く開化の先覚者。

毎月八日に、この長崎屋の寮で句会をひらく。俳句はぼくよけで、実は、大切な商談の会。

顧問格の、仁科という西洋通を正客にまねき、最近の西洋事情やら外国船の来航の日取りをきく。

たがいに識見を交換し、結束をかたくして攘夷派の圧迫に耐え、一日も早く、日本をして文明の恩恵に浴さしめ、新時代を招来して、その波に乗って巨利を博そうという商魂志心。

正座についている、精悍な顔つきをした役人ふうな瘠せた男は、もと長崎物産会所の通訳で、いまは横浜交易所の検査役仁科伊吾。

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