顎十郎捕物帳
本文約12,400字 ・ 読了時間 約25分
あらすじ(AIが作成しました)
北町奉行所の帳面繰りである仙波阿古十郎は、奇妙な誘いを受け、ある屋敷の離れ座敷へ招かれる。主の溝口雅之進が示した厚遇のもと、美しい腰元の小波が差し出す豪華な酒肴を楽しみながら、阿古十郎は屋敷に渦巻く金蔵の警備や不穏な噂を知る。やがて阿古十郎は、小波が身にまとっていた独特の香りを手掛かりとして、彼女が抱える疑念を解き明かしていく様子を描く物語である。
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恍けた手紙
「……手紙のおもむき、いかにも承知。……申し越されたように、この手紙の余白に、その旨を書きつけておいたから、これを御主人に差しあげてくれ」
「それで、御口上は?」
若いくせに、いやに皺の多い古生姜のようなひねこびた顔で、少々ウンテレガンらしく、口をあけてポカンと顎十郎の顔を見あげながら、返事を待っている。
「わからねえ奴だな。……だから、お前の持って来た手紙のはしに、かならずお伺いいたしますとちゃんと書いてあるというンだ」
へへえ、と、まだ嚥みこめぬ顔で、
「つまり、これをまた持って帰りますれば、それでよろしいので、……なんだか、妙だ」
顎十郎は癇癪を起して、
「なにも妙なことはねえ。お前のほうがよっぽど妙だ。なんでもいいから、これを持って帰って、お前の主人に渡しゃアそれでいいんだ」
「へい」
「わかったか」
「ええ、まア、……わかりました」
「わかったら、さっさと帰れ」
「では、さようなら」
「なにがさようならだ、馬鹿にした野郎だ」
文筥を手に持ってノソノソ帰って行く中間のうしろ姿へいまいましそうに舌打ちをひとつくれて、二階の自分の部屋へもどって来る。顎十郎、または『顎化け』ともいわれる、北町奉行所の帳面繰り、仙波阿古十郎。
本郷真砂町の裏長屋、荒物屋の二階借り。のぞきおろすといかにも貧相な露地おく。日あたりの悪い窓がまちに腰をかけて、いま受けとった手紙のことを考える。
その手紙は、白痴面の中間へ返してしまったから、文章までもおぼえてはいないが、おもむきはよくわかっている。
ひと口には、なんとも形容しかねるような奇抜な趣意だった。