地方文化運動報告
本文約5,600字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
広島県尾道市の図書館長が、戦後の混乱の中で青年たちと共に図書館を拠点として始めた文化運動を報告する。当初は聴衆が数人という苦境にあったが、音楽会や展覧会の開催、カント講座の開設などを通じて次第に共感を呼び、数百人規模の青年が結集するまでに発展する。本書は、その過程で行った文化講座の記録や統計、地方特有の困難と戦いながら民主的な精神を育もうとした一年の歩みを記録する。
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終戦の混乱から広島県の東部地方がその身辺を整理しはじめたのは昨年の九月中旬頃からであった。図書館もその本を疎開先より帰し、館の汚れた窓ガラスを拭き終えたのは九月の末頃であった。これから疲れはてた青年達をして、この昏冥の意識の中から、立上らしめるきっかけを与えるには何うしたらよいであろうか。次から次に、マックアーサー司令部から与えられつつある自由を、真実の姿をもって、青年の魂の中に浸み込ませるには何うしたらいいんだろう。
暗澹たる想い、というのはその時の私のいつわらざる心持であった。どこから、この尾道の一角に手をかけて行くべきであろうか。私のこころは暗かった。
或る日、書庫の整理に書塵に白くなっていた時、一人の青年が黙々と長身を利して、高い書架の本を降ろしているのを発見した。
「君は誰だ」「広島高等学校のものです。本がすきだから手伝っているんです」と言った。私は彼をして働くままにまかせていた。幾日かの中に、彼が絵を描くことも判って来た。
「先生絵をもって来ましょうか」「うん、もって来い」彼は素人油絵を青年らしい率直な誇をもって持って来た。
「これを館長室にかけろ」実は書庫のボロ本を整理して、一つの部屋を作って、私達がそこを館長室と名を付けたばかりなところである。未だ明治時代のアセチレンのガス燈の管が十字架を逆さにした型で下っているこの部屋の壁に、彼はこの絵をかけたのである。私はこの稚拙な、しかし清純な絵を見ているうちに、何か胸たぎる想いが湧いて来た。
「ここに一人の青年が結集している。ここにすでに最小単位の文化運動が始まっている。」
私は「ようし」と腹の底で呻ったのである。治安維持法は、十月四日に断ちきられた。私は、三日後、十月七日、そのスタートを切った。