TRENDIA CLASSIC

鸚鵡小町

折口信夫

1 / 3

謡曲小町物の一で、卒都婆小町などゝ共に、小町の末路を伝へたものである。小野ノ小町御所を出て、年たけて、関寺辺の柴の庵に、住んでゐた。陽成院小町の容子を聞こしめされて、新大納言行家に、

雲の上は、ありし昔にかはらねど、見し玉簾の うちやゆかしき

といふ御製を預けて、其有様を見がてら、返歌を聞いて来るやうに命ぜられた。関寺に行くと、物狂ひの老女が来るのを小町かと聞くと、小町は小町だが、お公家様として、妾の事を問はれるのは、何事の用だと言ふ。歌を詠むかと問ふと、かう言ふ身の上になつて、唯生きてゐると言ふばかりだと答へる。天子もお前をおいとほしがられて、御製を下されたと言ふと、其を読み聞かせてくれといふ。読み聞かせると、喜んで、あり難い御歌だが、とても返歌を申すことが出来さうにもない。けれども、御和へ申さぬのも、恐れ多い。此上は、唯一字で、お和へしようと言ふ。行家は、なるほど世間で気違ひだと言ふのも、こゝだと思うて、三十一字を並べても、意の尽されぬ歌もあるのに、変な事を言ふと咎めると、ともかくも「ぞ」と言ふ文字が、わたしの返歌だから、御製を今一度読みあげてくれ、と言ふ。「雲の上は、ありし昔にかはらねど、見し玉簾のうちやゆかしき」。その「や」を読みかへて「うちぞゆかしき」と申すのが、返歌であると言うたとあるのが、此話の本筋になつてゐる。

此から、勅使が、昔にも、かう言ふ歌の例があつたか、と問ふ処から、鸚鵡返しの体の事より、歌の六義の話に入り、其縁で、玉津島・業平の話になつて、例の舞ひの所望に移り、小町の狂ひになる。後段は、狂ひを見せる為の趣向で、本意は、勿論前段にある。処が、其贈答の話は、実は他人の上にあつた、事実めいた話其儘である。

折口信夫の他の作品