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TORENDIA

たぬき汁

本文約6,800字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

熊野川を旅した筆者は、理化学研究所が団栗から清酒を醸造することを知り、野生の猪や狸の食糧難を案じる。かつて狸汁の試食会で失望した経験を持つ筆者は、後に友人と共に正真正銘の狸肉を用いた料理を専門の料理人に依頼する。肉だんごや味噌汁は味わえたものの、狸肉が一般の大衆的な代用食として適さないことを確認し、野に棲む狸たちの身の上を案じつつ、狸汁に対する長年の関心に一つの区切りをつける。

佐藤垢石

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一

伊勢へななたび熊野へさんど、と言ふ文句があるが、私は今年の夏六月と八月の二度、南紀新宮の奥、瀞八丁の下手を流れる熊野川へ、鮎を訪ねて旅して行つた。秋の落ち鮎には、さらにも一度この熊野川へ志し、昭和十五年の竿納めとしようと思つてゐたところ、心なき颱風のために山水押しだし、川底荒れてつひに三度目の旅は、あきらめねばならなかつた。

二度目のときの帰り路は、やはり六月のときと同じやうに、新宮市から木の本へ出で、そこから三時間ばかり省営自動車に乗り、十里あまりの長い矢の川峠(やのこ)を越えて、尾鷲へ下つたのである。矢の川峠は、紀伊と伊勢と大和の三国の境をなす大台ヶ原山を主峰とした台高山脈が南に走つて高峰山となり、その裾を熊野灘に浸たさうとする肩の辺にあつて、なほ標高二千五百尺。随分難路を重ねた高い峠だ。

大台ヶ原を中心とした深い天然林は、昔から猪の産地で、こゝの猪は味に於て国内随一であるときいてゐた。これにつぐのが伊豆の天城山、丹波の雲ヶ畑、日向の霧島山あたりで猟れるものであるさうだが、紀州の猪が最も味がよろしいと言ふのは、こゝが団栗林に富んでゐるからであると言ふ。団栗は、楢の木に実るのが第一に粒が大きく次が椚、樫と言ふ順になる。猪は団栗が大好物で、楢の実をふんだんに食つた奴こそ、猪肉の至味として人々から珍重されてゐるのである。

折柄、八月の末近く南国とは言ひながら、車の窓に展転する峠の山々に、どこか秋の気が忍び寄つて、山骨を掩ふ楢の木の緑の葉も、彩のさかりを過ぎてゐた。やがて、遠からず団栗の果も色づいて、猪の肉を肥やす季節がくるのであらうなどゝ、まことにのんきなことを考へながら、峠のてつぺんの茶屋の縁台に梨子を噛つて、四方の風景にながめ入つた。

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