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TORENDIA

幽霊の芝居見

本文約660字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

西部戦線の塹壕に響く元帥生存の噂や、窮死した作家を目撃したという証言など、死者に関する不可思議な伝聞が語られる。本書は、月窓の母が芝居の桟敷席で昨夜会ったはずの知人女性が、実は数ヶ月前に他界していたと告げられる怪異を綴る。亡きはずの人物との再会に動揺する母の体験を軸に、死者と生者が交差するあわいの現象を、随筆形式で描き出す。

薄田泣菫

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🎧 幽霊の芝居見 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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欧洲大戦の時、西部戦線にゐた英軍の塹壕内では、死んだキツチナア元帥が俘虜になつて独逸にゐるといふ噂が頻りにあつた。前線で俘虜になつた独逸兵のなかには、伯林の俘虜収容所で怖しく背の高い元帥の後姿を見かけたといふものが少くなかつた。オウクネエ島附近で溺死した元帥が蘇生つた筈もないが、それでも誰も見た、彼も見たと言ふからには、これもまんざら嘘だとばかしは言はれない。

去年オスカア・ワイルドが巴里の穢い宿屋で窮死した時も、その後二三ヶ月経つてから、あつちこつちで、ワイルドを見かけたといふ人がちよいちよいあつた。

伊勢は寂照寺の画僧月僊は、乞食月僊と言はれて、幾万といふ潤筆料を蓄め込んだ坊さんだが、その弟子に谷口月窓といふ男がゐた。沈黙家で石のやうに手堅い生れつきであつた。

その月窓に母親が一人あつた。この母親がある時芝居へ行くと、隣桟敷に予て知合の某といふ女が来合せてゐた。その女は大の芝居好きで、亭主に死別れてからは、俳優の顔ばかり夢に見るといふ風な女であつた。

その日も二人は夢中になつて、芝居や俳優の噂をした。翌日になつて、月窓の母親が挨拶かたがたその女を訪ねてゆくと、鼻の尖つた嫁さんが出て来て不思議さうな顔をした。

「お母さんですか、お母さんは貴女、亡くなりましてから、今日で三月あまりにもなりますよ。」

「え、お亡くなりですつて。でも、私は昨夜芝居でお目に懸りましたが……」

「まさか。」

と言つて嫁さんは相手にしなかつた。そしてどうかすると、こちらを狂人扱ひにしさうなので、月窓の母親は黙つて帰つたが、途中蹠は地に著かなかつた。

完

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