TRENDIA CLASSIC

茶話

薄田泣菫

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頤の外れたのを治す法 詩人室生犀星氏のお父さんのこと4・23 サンデー毎日

詩人室生犀星氏のお父さんは、医者であつた。医者であることすら大変なのに、おまけに藪医者であつた。藪医者といふと、蝸牛や、蟷螂と同じやうに草ぶかい片田舎にばかり住んでゐるやうに思ふ人があるかも知れないが、実際は都にも多いやうだ。とりわけ博士などと肩書のついた輩に、そんなのが少くないやうだ。唯幸福なことには、肩書がつくと、病人がそれを信用してかゝるから、癒らない筈の病気までがついひよつくり快くなつたりすることがあるので、病人は勿論、お医者自身までが、それを自分の診察がいゝからなのだと穿き違へて、本当は藪医者であるのに気がつかないまでのことである。だが、犀星さんのお父さんは博士でもなかつたから、都へも出ないでおとなしく田舎に住んでゐた。

流行らない医者にとつては田舎も住みよくはなかつた。室生氏は毎日日向ぼこりをして、もつと病人の多い国はないものかなどと考へてゐた。さう思つて見ると、その辺の人は男も女もみんな馬のやうに達者だつた。

ある日めづらしく一人の病人がやつて来た。「来たな」とお医者はあわてて玄関へ飛び出してみた。そこに立つてゐるのは、間のぬけた顔をした男で、涎をくり/\何か他愛もないことをいつてゐた。よく聞いてみると、頤がはづれて困つてゐるといふのだつた。何でも一人二人医者にはかゝつてはみたが、どうも治りきらないらしかつた。

「おれの運が向いて来たのだ。」

と医者は腹の中でつぶやいた。そしてこの病人を治すと、外では治らなかつただけに、自分の名医であることが、ぱつと世間に拡がつて、これからはとても受けきれないやうな大勢の病人が押し寄せて来るに相違ない。それには宅の玄関は余り狭すぎるから、何でも近いうちに大工を呼んで建替への見積りをとらなくちやならぬと、そんなことまでも考へた。

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