昆虫図
本文約1,700字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
貧乏画かきの伴団六のアトリエに、十一月という季節外れにもかかわらず、突如として銀蠅や数千の蝶、蛾が大量に発生する。団六は妻が病気で帰郷したと語るが、その不可解な現象をきっかけに、アトリエの周辺には乳剤の異臭が漂い始め、やがて縁の下で何かが腐敗している確信が青木を襲う。異様な虫の群れが死の気配を連想させる中、団六の周囲で進行する異常な事態の全容と、その背景にある真実を追うサスペンスを描く。
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伴団六は、青木と同じく、大して才能のなさそうな貧乏画かきで、地続きの古ぼけたアトリエに、年増くさい女と二人で住んでいた。
青木がその裏へ越して以来の、極く最近のつきあいで、もと薬剤師だったというほか、くわしいことは一切知らなかった。
職人か寄席芸人かといったように髪を角刈にし、額を叩いたり眼を剥いて見せたり、ひとを小馬鹿にした、どうにも手に負えないようなところがあって、これが、最初、青木の興味をひいたのである。
細君のほうは、ひどく面長な、明治時代の女官のような時代おくれな顔をした、日蔭の花のような陰気くさい女で、蒼ざめたこめかみに紅梅色の頭痛膏を貼り、しょっちゅう額をおさえてうつ向いていた。吉原にいたことがあるという噂だった。
どういういきさつがあるのか、思い切って素っ気ない夫婦で、ときどき、夜半ごろになって、すさまじい団六の怒号がきこえてくるようなこともあったが、青木の前では、互いに猫撫で声でものを言い合っていた。
十一月のはじめ、青木は東北の旅から帰り、その足で団六のアトリエへ訪ねて行くと、団六はめずらしくせっせと仕事をしていた。
日本間のほうを見ると、いつもそこの机にうしろ向きになって、牡蠣のようにへばりついている細君の姿が見えないので、どうしたのかとたずねると、病気で郷里へ帰っているのだといって、細君の郷里の、船饅頭という船頭相手の売笑婦の生活を、卑しい口調で話しだした。
十日ほどののち、いつものようにブラリとやって行くと、団六は畳のうえにひっくりかえって、しきりに手で顔をあおぐような真似をしている。青木が入って来たのを見ると、
「てへ、こりゃ、どうです。どだいひどい蠅で、仕事もなにも出来やしねえ。人間も、馬のように尻尾があると助かるがな」
といって、妙なふうに尻を振って見せた。
なるほど、ひどい蠅だ。
壁の上にも硝子天井にも、小指の頭ほどもある大きな銀蠅がベタいちめんにはりついていて、なにか物音がするたびに、ワーンとすさまじい翅音をたてて飛び立つのだった。どこからこんなに蠅が来たのだろう。季節は、もう十一月だし、すぐ地続きの青木のアトリエには、蠅などは一匹もいなかった。