朱房銀の匕首
源内先生は旅姿である。
旅支度と言っても、しゃらくな先生のことだから道中合羽に三度笠などという物々しいことにはならない。薄茶紬の道行に短い道中差、絹の股引に結付草履という、まるで摘草にでも行くような手軽ないでたち。茶筅の先を妙にへし折って、儒者ともつかず俳諧師ともつかぬ奇妙な髪。知らぬ人が見たら医者が失敗って夜逃をする途中だと思うかも知れない。
源内先生は高端折り。紺の絹パッチをニュッと二本突ン出し、笠は着ず、手拭を米屋かぶりにして、余り利口には見えないトホンとした顔で四辺の景色を眺めながらノソノソと歩いて行かれる。雨でも降ったらどうするつもりだろう、それが心配である。
尤も、先生一人ではない。僕を伴に連れている。
先生は世話好きとでもいうのか、親に棄てられた寄辺のない子供や、身寄のない気の毒な老人を、眼につき次第誰彼かまわず世話をする。福介もその一人で、今から五年前、出羽の秋田から江戸へ出て来て、倚るつもりの忰や娘に先立たれ、知らぬ他国で如何しようもなくなって、下谷の御門前で行倒れになりかけているのを気の毒に思って連れ帰って下僕にした。この世の実直を一人占めしたような老僕の福介。こちらは足拵もまめまめしく、大きな荷を振分にして、如何にも晴れがましそうに、また愉しげにイソイソと先生の後に引添って来る。
竹藪続きの山科街道。
竹藪の向うの農家からときどき長閑なの声が聞える。
江戸を七月二十日に発ち、先年江戸へ上るとき世話になった駿河本町二丁目、旅籠屋菱屋与右衛門方へ先度の礼かたがた三日程泊り、八月二十四日に京都へ着いて山科の三井八郎右衛門の四季庵でまた三日ばかり、引止められるのを振切ってこれから大阪へ下ろうという都合。
大阪には、先年長逗留の間、先生の創見にかかわる太白砂糖の製法を伝授して大いに徳とされ、富裕・物持の商人に数々の昵懇がある。