竜宮から来た孤児
前作「天母峯」で活躍した折竹孫七の名を、読者諸君はお忘れではないと思う。
アメリカ自然科学博物館の名鳥獣採集者として、非番でも週金五百ドルはもらう至宝的存在だ。その彼が、稀獣矮麟を追い、麝牛をたずね、昼なおくらき大密林の海綿性湿土をふみ、あるいは酷寒水銀をくさらす極氷の高原をゆくうちに、知らず知らず踏破した秘境魔境のかずかず。その、わが折竹の大奇談の秘庫へ、いよいよこれから分け入ってゆくことになるのだ。
「おい、海を話せよ、君も、藻海ぐらいは往ったことがあるだろう」
とまず私は困らせてやれとばかりに、折竹にこう訊いたのである。
というのは、海に魔境ありということは未だに聴いてないからだ。絶海の孤島、といえばやはり土が要る。たいていは、大陸の中央か大峻険の奥。密林、氷河、毒瘴気の漂う魔の沼沢と――すべてが地上にあって海洋中にはない。ただ、あるといえば藻海くらいだろうが、それも過去における魔境に過ぎず……いまはその怪馬尾藻も汽船の推進器が切ってしまう。
大西洋を、メキシコ湾流がめぐるちょうどまっ唯中、北緯二十度から三十度辺にかけておそろしい藻の海がある。
これは、紀元前カルタゴの航海者ハノンが発見したのが始め。帆船のころは、無風と環流のためそこを出られなくなり、舵器には馬尾藻がぬるぬると絡みついてしまう。そういう、なん世紀前かしれぬボロボロの船、帆柱にもたれる白骨の水夫、それを、死ぬまで見なければならぬ新遭難船の人たち。絶望、発狂、餓死、忍びよる壊血病。むくんだ腐屍の眼球をつつく、海鳥の叫声。じつに、凄惨といおうか生地獄といおうか、聴くだに慄っとするような死の海の光景も、いまは藻海のとおい過去のことになっている。
では、海に魔境は絶対ないと云えるのか そういうと、折竹は呆れたような顔をして、
「オイオイ、俺だからいいようなもんの、他人には云うなよ。今どき、藻海なんて古物をもち出すと、君の、魔境小説作家たる資格を疑うものがでてくるからね。だが、じっさい海には魔境といえるものが、少ない。彼処に一つ、此処に一つと……マアそれでも、三つくらいあるだろう」