医術の進歩
本文約18,300字 ・ 読了時間 約37分
あらすじ(AIが作成しました)
新案炊事手袋を製造する榊卯一郎は、病気と主張しては妻や周囲の関心を引こうとする日々を送っている。医師の診察を重ねるも納得がいかず、複数の医師を呼んではその診断に疑いを抱き続ける。ある日、医師たちが訪れ心臓の症状を巡る議論が交わされる中、心身ともに不安定な状態にある卯一郎は、妻との会話や自身の健康に対する執着の中で、自身の置かれた状況と対峙していく。
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榊 卯一郎 新案炊事手袋製造業
同 とま子 その妻
今田末子 親戚の女
津幡 直 医師
乙竹外雄 外交員
きぬ 女中
三木 小僧
松原延蔵 医師
[#改ページ]
榊卯一郎の住宅兼工場。――相当時代のついた二階建日本家。震災で傷んだまゝの貸家を、更に住み荒すだけ住み荒したといふ状態だが、普請は流石に大がかりで、床柱一つでも、なかなか堂々としたものだ。その階下の幾部屋かを工場に、階上の二間を主人夫婦の居室に充ててゐる。一方は十畳の座敷で、絨氈を敷き、テーブル、椅子など、すべて洋風客間の作り、但し、一隅に、ソファ兼用の寝台があつて、現に、榊卯一郎は、それに寝てゐるのである。隣りは、八畳の純日本間。箪笥、鏡台、長火鉢、その他、ひと通りの家具。不統一のなかに、何処か生活の余裕らしいものを見せてゐる。
舞台は、この二階だ。正面奥は障子を隔てて縁側。
冬のはじめ、午後二時頃、空は晴れてゐる。
[#改ページ]
卯一郎 あゝ、痛い、痛い。それ見ろ、誰も側にゐなくつたつて、痛い時は痛いんだ。病気を大袈裟に云ふなんて、おれの性分ぢやない。おい、奥さん、済まないが、また二分ばかり、さすつてくれ。奥さん、そこにゐないのか。(呼鈴を押す)
女中きぬが上つて来る。
きぬ なにか御用でございますか。 卯一郎 (鼻を鳴らし)生魚をいぢつて来たな。云つとくがね、おれはその臭ひが何よりも嫌ひなんだ。奥さんには、もう何度も云つた筈だが、お前はまだ来たてで、教はつてなけれや仕方がない。早く下へ降りてくれ。奥さんはなにしてる? きぬ お洗濯をなすつてらつしやいます。 卯一郎 なに? 奥さんが洗濯? よろしい。それは後にして、大急ぎで来るやうに云つてくれ。(女中去る)おや、腰の痛みは大分退いたぞ。だが、心臓の方は、相変らず面白くない。ドキドキ……ドキ……ドキドキ……ドキ……ドキドキドキ。たしかに面白くない。
妻のとま子が現はれる。