かんしやく玉
本文約6,900字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
粗末なアパートで暮らす夫婦は、生活の不平や不安を抱えながら、部屋でかんしゃく玉を鳴らしては気を紛らわせている。ある日、夫の仕事について知人たちが訪ねてくる。彼らは妻の雰囲気を活かした喫茶店等の経営を提案するが、夫はそれを拒絶する。仕事がない苛立ちや周囲への疑心暗鬼に駆られる夫と、そんな夫を支えようとする妻は、互いの感情をぶつけ合うように爆音を繰り返す。極限の状況で対話を続け、二人は次第に自分たちの抱える苦悩や絆を浮き彫りにしていく。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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彼女
隣の女
多田
彼
小森
阿部
[#改ページ]
アパアトとは名ばかりの、粗末な貸室。左の隅にダブルベツド。右に炊事場に通ずるドア。正面に旧式のシンガアミシン。
三月のなかば。午後四時ごろ。
彼女は、ミシンの手をやめ、縫ひかけのローブを両手で胸にあてがひ、鏡の前に立つ。
彼女 (独り)なかなかいゝぢやないの。カーテンのお古だなんて見えやしないわ。
ドアをノツクする音。彼女は、黙つてドアを開けに行く。隣の女がバナナをたべながらはひつて来る。
隣の女 このいゝお天気にお留守番なの? 彼女 あなたこそ珍らしいわね、今ごろ、家にゐるなんて……。 隣の女 だつて、まだ早いぢやないの。さつき起きたばかりよ。これからお湯へはいつて、足の爪でも剪つてると、あの人が迎ひに来てくれるの。今日は、ことによると、鎌倉へドライヴだわ。 彼女 そんなの、羨ましかないや。あたしは、これから八百屋へ行つてトマトを買つて来るの。ちよつと、これ、似合はないこと? 隣の女 不断着ならそれで沢山よ。 彼女 (ローブをベツドの上に放り出し、テーブルの上の丸い鑵の中へ手を突込み、なにかを床の上へ叩きつける。爆音。) 隣の女 あゝ、びつくりした。なに、それは……。 彼女 疳癪玉……。 隣の女 こなひだうちから、パンパンいはせてるの、それね。どら、あたしにも一つ、やらして……。 彼女 駄目よ、あなたなんか……。これはあたしと、うちとの、二人つきりの玩具よ。持つて行き場のない不平が、これでけし飛んぢまふの。それや、清々するわよ。 隣の女 簡単ね。あたしは、何か気に入らないことがあると蒲団を被つて寝ちまふの。眼が覚めると、忘れてるわ。ちよつと、あんた、すまないけど、またヘチマコロン貸してくれない? 彼女 そこにあるから持つてらつしやい。(化粧テーブルの上を頤で指す) 隣の女 あら、もう一度分きりないわ。