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TORENDIA

古代民謡の研究

本文約12,000字 ・ 読了時間 約24分

あらすじ(AIが作成しました)

万葉集に収められた古歌「おもしろき野をば勿焼きそ」を題材に、古代の野焼きの習慣や男女の生活様式、さらには呪文としての機能について論じる。著者は歌に詠まれた文法の解釈や「ながめいみ」という禁欲生活の伝承を紐解きながら、これらの歌が個人の純粋な感情表現に留まらず、神話的背景や当時の慣習、芸術的誇張が複雑に絡み合って形成されたものであることを明らかにする。

折口信夫

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一

おもしろき野をば 勿焼きそ。旧草に 新草まじり 生ひば生ふるかに(万葉集巻十四)

此歌は、訣つた事にして来てゐるが、よく考へれば、訣らない。第一、どの点に、民謡としての興味を繋ぐことが出来たのか。其が見当もつかない。「ふる草に新草まじり」といふ句は、喜ばれさうだが、昔の人にもさうであつたらうか。上田秋成などは「高円の野べ見に来れば、ふる草に新草まじり、鶯の鳴く」と借用してゐる。だが、かうした興味からだけで、もと謡はれたものとは言ひにくい。或はそこに暗喩を感じる事が出来たのかとも思ふが、此歌全体の大体の意義さへよく説かれてゐないのは、事実である。

生ひば生ふるかに

まづ「おもしろき此野をば、な焼きそ。去年のふる草に、新草のまじりて、生ひなば生ふるに任せよ」と言ふ風に、大体考へられる様だ。だが、考へると、「生ひば生ふるかに」と言ふ文法は、普通の奈良朝の用語例ならば、後世の表現法によると、「生ふるかに」だけで済む処だ。「袖も照るかに」「人も見るかに」「けぬかに、もとな思ほゆるかも」などで訣るのである。

ところが、古い用法になると、「けなばけぬかに恋ふとふ我妹」と言はねば、完全に感じなかつたらしい。「けぬべく思ほゆ」と言ふのと、略似た用語例にあるもので、万葉でも新らしいのは、べく或は音を変へてかねと言うてゐる様だ。「か」は句を体言化する接尾語で、「に」は副詞の限定辞である。そして「かね」を使ふ場合は、それ以下の文句を省いてゐるか、前の方へ跳ね戻る――句の倒置――かゞ常である。だから此なども、説明句を省いたか、上へ返るか、どちらかである。「生ひば生ふるかにな焼きそ」となるのか、それとも「生ひば生ふるかに……せよ」と言ふ文法かである。とにかく「かに」があると、文章全体が命令になつて来るのが新しくて、古いものでは、もつと自由な様である。

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