桃の伝説
本文約3,800字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
桃が持つ魔除けの力や、いざなぎの命が桃の実で悪霊を祓った神話の背景を論じる。桃の信仰は、支那・朝鮮からの帰化人が伝えた民俗や、植物の生殖器になぞらえた多産力の信仰と深く結びついている。また、水から神が寄り来るという形式を持つ伝説を辿り、桃太郎の物語が甕から生まれた秦河勝の伝承や瓜子姫子といった漂流・誕生譚と共通の血筋を持ち、もとは神であった英雄が桃から生まれたという形で語り継がれてきた経緯を考察する。
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「桃・栗三年、柿八年、柚は九年の花盛り」といふ諺唄がある。実りものゝ樹としては、桃は果実を結ぶのは早い方である。
一体、桃には、魔除け・悪気ばらひの力があるものと信ぜられて来てゐる。わが国古代にも、既に、此桃の神秘な力を利用した話がある。黄泉の国に愛妻を見棄てゝ、遁れ帰られたいざなぎの命は、後から追ひすがる黄泉醜女をはらふ為に、桃の実を三つとりちぎつて、待ち受けて、投げつけた。其で、悪霊から脱れる事ができたので「今、おれを助けてくれた様に、人間たちが苦瀬に墜ちて悩んだ場合にも、やはりかうして助けてやつてくれ」と、桃に言ひつけて、其名として、おほかむつみの命といふのを下されたと伝へてゐる。
後世の学者は、桃の魔除けの力を、此神話並びに支那の雑書類に見えた桃のまぢっくの力から、説明しようとして居る。支那側の材料は別として、いざなぎの命の話が、桃に対する信仰の起原の説明にはなつて居ない。寧、当時すでに、桃のさうした偉力が認められてゐたので、其為に出来た説明神話と言ふべきものであらう。何故ならば、偶然取つて投げた木の実が、災ひを遠ざけたといふ話は、故意に、其偉力を利用してゐるからであり、魔物を却けようとする民俗と、幾足も隔つてはゐないからである。尠くとも、古事記・日本紀の原になつてゐる伝説の纏まつた時代、晩くとも奈良の都より百年二百年以前に、既に行はれてゐた民俗の起原を見せて居るに過ぎない。
何故こんな風習があるのか訣らぬ処から、此話は出来たのである。さすれば、其風習は、何時頃、何処で生れたものであらうか。国産か、舶来か。此が問題なのである。書物ばかりに信頼することの出来る人は、支那にかうした習慣が古くからある処から、支那の知識が古く書物をとほして伝はつたもの、と説明してゐるのである。又、わが国固有の風習だと信じてゐる人もあるが、何れにしても、日支両国の古代に、同じやうな民俗があつたといふことは、興味もあり、難かしい問題でもある。此場合、正しい解釈が二とほり出来るはずである。