人物
加来典重
冬菜
四紋
ネラ子
雅重
冬菜の母
早見博士
煙(主治医)
細木助教授
大里教授
浦(玉石堂主人)
津丸(雑誌記者)
看護婦
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一
ある大学の哲学教授、加来典重は、カントの研究家としてその名を知られ、近年は、ハイデッゲルなどの名をもその講義の間にしばしばはさみはするが、学生の一人がサルトルについて質問を行つたところ、それは自分の専門以外であると答へたことによつて、相手に首をひねらせた逸話の持主である。時に文明批評や随想に類する文章を二、三の雑誌に発表することもあるが、その衒学的臭味によつて、多くの読者を悩ましてゐることは、本人はもちろん知る筈もない。ただ、その風貌のまさに学究然たるところと、性情の率直にしてやや稚気を帯びたるところとが、或は世間の信用を博し、或は周囲の同情を買ふに十分だといふだけの、言はば、愛すべき一老教授である。
停年が近づきつつある。著書の数は多い割合に売れ行き思はしからず、退職後の生活をあれこれ思ひ悩んでゐる矢先、ふとした風邪ひきがもとで、自慢の健康に狂ひが生じた。
肺炎のぶり返しがやうやく治つたと思ふと、急性腎臓炎の併発をきつかけに、十二指腸虫のおびただしい繁殖がはじめて医者の注意をひき、その手当のために服用した薬品の副作用によつて、今度は極度の苦痛を伴ふ胃腸障害を起した。
衰弱は日に日に募つた。近所の主治医が慌てふためいてゐる様子に、細君の冬菜は気が気でなく、夫のためらふのを押し切つて、同じ大学の医学部教授で内科専門の早見博士を立ち合ひ診察に来てもらふことにした。
早見博士とは、学内のなにかの会合で、一二度顔を合せたぐらゐの関係で、君僕と呼び合ふほどの親しい間柄ではない。とはいへ、そこは同僚の誼みでもあり、かつ、高名な学者としての敬意をも含めて、至れり尽せりの診察振りを示した。