ディカーニカ近郷夜話 前篇
本文約20,100字 ・ 読了時間 約41分
あらすじ(AIが作成しました)
フォマ・グリゴーリエッチが語る怪異譚を収める。亡き祖父から伝わる昔語りとして、悪魔が若者をかどわかす恐怖や、バサウリュークという怪しげな人物をめぐる騒動を描く。蕨の花を求めて森へ向かったペトゥローの体験や、悪魔の憑依に苦しむ村人の日常を通じ、人知を超えた異界の現象と、それらに翻弄されながら生きる人々の姿が、語り手独自の口調によって鮮やかに綴られる。土地に伝わる因縁と不可解な出来事を重層的に描写する作品群である。
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フォマ・グリゴーリエッチには一種奇妙な癖があつた。あの人はおなじ話を二度と繰りかへすのが死ぬほど嫌ひだつた。どんなことでも、もう一度はなして貰ひたいなどと言はうものなら、きまつて、何か新事実をつけ足すか、でなければ、まるで似ても似つかぬものに作りかへてしまふのが、いつもの伝であつた。ある時のこと、一人の紳士が、――とはいへ、われわれ凡俗にはああした人たちをいつたいどういつて呼ぶべきかが既に難かしい問題なんで、戯作者かといふに戯作者でもなし、いはば定期市の時にこちらへやつて来る、あの仲買人とおんなじで、矢鱈無性に掻きよせて、何彼の差別なく一手に引き受け、剽窃の限りを尽してからに、ひと月おきか一週間おき位に、いろは本より薄つぺらな小冊子を矢継ぎばやに発行するといつた手合なんだが――さうした紳士の一人が、他ならぬこの物語をフォマ・グリゴーリエッチから聴きこんだ訳だが、フォマ・グリゴーリエッチの方はもう、そんなことはとつくに忘れてしまつてゐたのぢや。ところが或る日のこと、ポルタワから、他ならぬその紳士が豌豆色の上つ張りを著こんでやつて来たのぢや――この仁のことは、いつかお話したこともあるし、当人のものした或る小説は諸君もすでに一読されたことだらう――とにかく、やつて来るなり、この先生、小さな本を一冊だして、その中ほどを開いてわれわれに示したものぢや。フォマ・グリゴーリエッチはやをら眼鏡を引きよせて、鼻へ掛けようとしたが、それに糸を巻きつけて蝋で固めておくことをつい忘れてゐたのに気がつくと、その本をわたしの方へさし出したのぢや。わたしは、これでもまあどうにか読み書きも出来るし、眼鏡をかけるにも及ばないので、さつそくそれを受けとつて読みにかかつたといふ訳さ。ところが、ものの二枚とははぐらないのに、あの人はいきなり、わたしの手を押へておしとどめたものぢや。
「ちよつと待つて下され! まづ初めに、いつたい何をお読みになるのか、それを一つ伺つておきたいものぢやて。」
正直なところ、そんなことを訊かれてわたしは少々あつけに取られた。