ディカーニカ近郷夜話 前篇
本文約28,700字 ・ 読了時間 約58分
あらすじ(AIが作成しました)
小露西亜の定期市を舞台に、継母に抑圧されながらも若い娘パラースカと若者の恋が成就するまでを描く。暑い夏の日の活気ある市へ向かう人波のなかで、娘の父チェレークは周囲の助けを借りつつ、しつこく干渉する妻の目を盗んで二人を祝言へと導く。群衆の狂乱のような踊りの渦のなかで祝われる結婚の光景と、やがてすべてが静寂に包まれるまでの様子を綴る。
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家のなかにゐるのは退屈だ。
ああ、誰か外へつれだしてお呉れ
娘つ子があそび戯れ
若い衆がうろつきまはる
賑かな賑かなところへと!
――古伝説より――
一
小露西亜の夏の日の夢心地と、その絢爛さ! 鳩羽いろをした果しない蒼空が、エロチックな穹窿となつて大地の上に身をかがめ、眼に見えぬ腕に佳人を抱きしめながら、うつつをぬかしてまどろむかとも思はれる、静けさと酷熱の中に燃える日盛りの、この堪へがたい暑さ! 空には散り雲ひとつなく、野づらには人声ひとつ聞えず、万象はさながら寂滅したかの如く、ただ頭上たかく天際にをののく雲雀の唄のみが、銀鈴を振るやうに大気のきざはしを通つて、愛慾に溺れた大地へ伝はり流れるのと、稀れに鴎の叫びか、甲高い鶉の鳴き声が、曠野にこだまするばかり。の木立はものうげに、無心に、まるで当所なきさすらひ人のやうに、高く雲間に聳えたち、まぶしい陽の光りが絵のやうな青葉のかたまりを赫つと炎え立たせると、その下蔭の葉面には闇夜のやうな暗影が落ちて、ただ強い風のまにまに黄金いろの斑紋がぱらぱらと撒りかかる。恰好のいい向日葵のいつぱい咲き乱れた菜園の上には、翠玉石いろ、黄玉石いろ、青玉石いろ等、色さまざまな、微細な羽虫が翔び交ひ、野づらには灰いろの乾草の堆積や黄金いろの麦束が、野営を布いたやうに、果しもなく遠近に散らばつてゐる。枝もたわわに実のなつた桜桃や、梅や、林檎や、梨。空と、その澄みきつた鏡である河――誇りかに盛りあがつた緑の額縁に嵌まつてゐる河……なんと小露西亜の夏は、情慾と逸楽に充ちあふれてゐることだらう!