「さうや さかいに」
本文約18,600字 ・ 読了時間 約38分
あらすじ(AIが作成しました)
柳田国男が論じた京阪語の「さうやさかいに」について、著者自身の見解を交えつつ、その語源や方言としての変遷を論じる。特に「さかい」の成立過程や、関連する対話敬語および「すかい」等の助詞的機能との文法的連関を考察し、かつての言語習慣が方言の中にどう受け継がれているかを分析する。日本語の歴史的変遷や語彙の生態を狂言詞や古文献を引用しながら綴った言語論である。
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柳田国男先生が「さうやさかいに」を論ぜられて後、相当の年月が立つた。その論が、画期的なものであつたゞけに、此に対して、何の議論も現れなかつたことは、世間が先生のこの方言論を深く、認容したと言ふことになる訣である。
今頃更めて、ある時期における京阪語の代表的なものとせられてゐた「さうやさかいに」論を書きついで行く必要はない気がする。併し此で定論を得てをさまつた、この語の論策を綴める為に、かう言ふ追ひ書を書き添へておいた方が、よいと思ふ。其で先生にしてみれば、時間さへあれば、当然書き直してゐられるはずの部分を、先生よりは暇人である私が、少しばかりの書きつぎをさせて頂くつもりになつたのである。謂はゞ、最みすぼらしい続貂論である。
この語の最濃厚な利用圏内に成人した私の、先生のあの研究に、とりわけ深い恩恵を受けたことの感謝の心を、外の方々――たとへば金田一先生のやうなお人たちにも見て頂きたい。此心持ちは、先生には固より、にこやかにうべなうて貰へるものと考へるのである。
さかいに さかいで
そやさかい――さうやさかい――系統の語の第一のめどになるそやと言ふ語は、勿論さうぢやの発音のやつれたもので、曾てその最完備した形さうであるから来たものなることは、言ふまでもない。だから、其は論の外において、さかいに・さかいで又は、さかいの形を論じれば其で足る訣である。
さかいの三つの形のうち、最有力に使はれてゐるものは、さかいである。外の二つは、さかいにすら、以前のやうには、使用せられてはゐない。
その中、さかいでが一番早く流行圏外に出てしまうたが、近代の浄瑠璃・小説文学には、標準語と見てよいほどに、よく使はれてゐた。残る二つの中、さかいには、今遣ふ人にも古典的な感覚を持たれる様になつて、さかいのやうに緊密感を受けぬやうになつた。今後特殊な事情が加つて来ぬ限りは、さかいを限界として、その系統は消えてしまふか、でなければ、音韻の大飛躍が起つて来さうな気がする。――さう言ふ見きはめがつけられてゐる。其理由の一つは、既によほど以前から、よつて・によつて・よつてになどが、なか/\勢を示してゐたからである。