TRENDIA CLASSIC

「ほ」・「うら」から「ほがひ」へ

折口信夫

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ほぐ[#「ほぐ」は罫囲み]・ほがふ[#「ほがふ」は罫囲み]など言ふ語は、我々の国の文献時代には、既に固定して居たものであつた。だから、当時の用例を集めて、其等に通じた意味を引き出して見たところで、其は固定し変化しきつた不完全な表現を持つたものばかりである。其等の用例に見えた若干づゝの違ひが、段々原義に糶りつめて行くやうである。

「志ゞま」を守る神の意向は、唯「ほ」によつて表される。その上一旦、「志ゞま」の破れた世になつても、「ほ」を以て示す事の屡あることは、前に述べた。

我が文学なる和歌に、「ほ[#「ほ」に傍点、罫囲み]に出づ」「ほ[#「ほ」に傍点、罫囲み]にあらはる」「ほ[#「ほ」に傍点、罫囲み]にあぐ」など言ふ歌詞が、限りなく繰り返されてゐて、その根本の意義はいまだに漠としてゐる。必学者は秀や穂を以て解決出来た様なふりで居る。併し、ほぐ[#「ほぐ」は罫囲み]と言ふ語の語原を説いた後に思ひあはせれば、今までの理会は妙なものであつた事に心づく事と思ふ。「ほにあぐ」の方は帆に懸けてゐる類のもあるが、大抵は皆忍ぶる恋の顔色に出る・外側にうち出すと言つた意味に使うてゐる。

だが、其では説ききれぬ例がある。古い処では、

はだすゝきほに出る我や尾田のあかたふしの淡の郡にいます神あり(神功紀)

新しいものでは、

草深き野中の森のつまやしろ。此や、はだすゝきほにいづる神(夫木和歌集、巻十六)

此例などは外面に現れるとばかりで説けきれぬものである。ほにいづと言ふ語に必忘れられた変遷のある事を暗示してゐるのである。

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