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TORENDIA

和歌批判の範疇

本文約10,700字 ・ 読了時間 約22分

あらすじ(AIが作成しました)

和歌における「こゝろ」を巡る諸問題を論じる。情緒とことばが結びつく過程で、作者は言語形式に工夫を凝らす必要があることを指摘する。これまでの和歌批評において「こゝろ」という語が趣向と内容の両義で混同されてきた現状を分析し、歴史的な発展を踏まえた再定義を試みる。また、作者の予定する実質的内容と、形式から派生する形体的内容の二面性を提示し、詩歌における両者の融合と美的調和の重要性を説く。

折口信夫

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一「こゝろ」 その一

およそ歌を見、歌を作る上において、必らず心得て置かねばならぬ、四つの段階的観察点がある。

此観察点は、元来作者の側にあるものではなくて、読者としての立ち場から出るものであるが、作者といへども、其作物を、完全なるものたらしめむ為には、出来るだけ自分の作物を客観の位置において、推敲を重ねなければならぬ。即、此場合においては、作者即批評家といふ態度に出なければならぬのである。されば、読者、又は批評家の立ち場において生じた批判の範疇は、作者が其作物を推敲する上においても、当然採用せられねばならぬわけで、前に述べた段階的観察点といふのは、即、此批判の範疇に外ならぬのである。

まづ美的情緒が動いて、ある言語形式を捉へると、此処にはじめて、こゝろが成り立つのである。こゝろは、作者の方においては之を思想といひ、読者の側からは之を、ある形式を通して受納する意味、といふ。繰り返していふと、言語形式を俟つて、ある限界が、情緒の内容を為して居る思想(未だ明に思想といふことの出来ない、甚だ渾沌たる状態にあるもの)の上につけられて、内容が固定して来るので、明確なこゝろは、此処に到つて現はれるのである。

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