画筆に生きる五十年
本文約12,700字 ・ 読了時間 約26分
あらすじ(AIが作成しました)
画筆とともに五十年を歩んできた著者が、皇太后陛下より拝命した御用画「雪月花」の制作過程と、完成に至るまでの経緯を綴る随筆。長年延引していた制作に込めた並々ならぬ執念と、藤原時代の風俗への深い考証、そして早朝の静寂の中で精根を打ち込む日々の営みが描かれる。幼少期からの絵への情熱、女性として歩んだ困難な修行の道、芸術的境地に至るまでの苦悩と浄化を振り返り、今の自分を支える絵画への不変の勇猛心を明かす。
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今夏は、私は誠にすがすがしい心持でおります。と申しますのは、この六月、皇太后陛下御下命の御用画の三幅双を完成いたしまして、折りから、京都行啓中の陛下に、目出度く上納申し上げ得たからでございます。
新聞紙上に二十一年前からの御用命を果たしたと書かれてありましたが、思えば大正五年の秋、文展第十回展開催中、御用命を拝したのでございましたから、なるほど二十一年の歳月が経ったわけでございます。
当時、私は四十二歳でありました。文展第十回展には、「月蝕の宵」を出品いたしました。当時、皇后陛下で在らせられた皇太后様は、毎年文展に行啓あらせられ、殊のほか絵画に御興深くあらせられるように拝されました。この年、私の「月蝕の宵」がお目に止まったものか、突然、「御前揮毫をせよ」という電報を、京都の宅でお受けいたしました。早速上京いたしまして、文展の会場、府美術館内で御前揮毫の栄に浴しました。描きましたのは鎌倉時代の白拍子でございました。
御前揮毫の栄には、その後二度浴しました。大正六年に京都行啓の砌、京都市公会堂で、梅の木を配して鶯の初音をきいている享保時代の娘を描きました。初音と題しました。次は大正七年文展会場で、藤原時代の紅葉狩の風俗を描き、叡覧に供しました。御前揮毫は、いずれも御前で短時間で描きますので、即興的に、色も淡彩でほどこし、そのまま献上いたすわけでございます。