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TORENDIA

双語

本文約1,000字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

寛永前後の風俗画家である又兵衛の画風や真贋の曖昧さ、および同一図様の作品が存在する実情を考察する。また、作家の個性や素顔が端的に現れる作品のあり方について、個人展への期待を交えつつ論じる。名声ある画家の作品群をめぐる美術的な鑑賞眼と、作家自身の制作に対する率直な心情を綴る一編である。

上村松園

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🎧 双語 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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一

又兵衛の展観が大阪にあったように聞きましたが、私は見ずにしまいました。

寛永前後の風俗画の中で、又兵衛は特に傑出もしているようですし、数はそう沢山あるのではないにしても、佳いものもなかなか多いように思います。しかし同じ又兵衛でも、以前に出来たものとか、晩年のものとかの相違で、その出来や何かに相当の違いがあるのと、またある一説のように又兵衛もあるいは初代二代とあって、必ずしも同一人ではないという説もあり、絵の調子がひどく違っているのがありますし、その頃のまったく他人で、又兵衛に似た描写をした人もあるのかも知れません。それらが後世になって、みな又兵衛になってしまっているような気もされます。

私はこれまで又兵衛も諸処方々でいろいろなものをかなり見ておりますが、先年祇園祭りの時に、甲某家で又兵衛の二枚折屏風を見ました。これはとても結構なものだと思いましたが、その後ふと今度は乙某家にもそれと同一図様の又兵衛を見ました。これは甲某家のものと図柄がまるで同じことで、やはり又兵衛という言伝えだそうです。しかし私の見るところでは、乙の又兵衛は甲の又兵衛ほどの出来に比べて、一段下のもののように思いました。これは同じ又兵衛でも出来不出来でこんな具合になるのかとも思いましたが、しかしあるいは別の人が写したものかも知れず、その辺のことはとんと判断がつきませんが、とにかく、寛永前後にはあんな風な風俗画は、たいてい似たり寄ったりのもので、それがみな伝又兵衛になっていることは争われません。

二

作品に、その人特殊の持味がよく現われていることは勿論よいことでもあるし、そうなくてはならないと思います。この間ある人がきて個人展に関する話をしましたが、ことにこの個人展などの作品は、その人が端的にそこに現われているのがいいと思います。

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