芸術三昧即信仰
本文約940字 ・ 読了時間 約2分
あらすじ(AIが作成しました)
人生の意味や画を描く目的を見失い、死を考えるほど悶えた四十歳前後の苦悩と、そこからいかにして立ち直ったのかを綴る随筆。建仁寺の黙雷禅師の法話に触れて心が晴れた経験を振り返り、芸術に打ち込むことと信仰心を重ね合わせる自身の内面的な境地を記す。他者に信心を強いることなく、自ら築き上げるべきものとしての宗教観や、旅先での神社仏閣への参拝を通じた精神の安定について明かす。
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人は苦しまなければいけない、苦しんでこそ初めて生まれるものが有る。わたしはひと頃異常に生きていることに疑問を感じたことがあった。何のために生きているのだろう。画を描くことによって画名を揚げてさて何になるのだろう。むしろ死んだ方がいいのじゃないかと悶えたことがあった。四十歳前後のことで、考えてみればはや二十年ばかりも前のことである。
そんな時分にはよくわたしは貧民街を歩いたりした。そして画を描いて苦しんでいるよりも、こうした人達が何となく喜んでいる生活をうらやんだものである。
その当時わたしは建仁寺の黙雷禅師の法話を聴きに行ったことがある。年ははっきり覚えませんが、日は四月の二十二日だった。しとしとと春雨の降る日、つとにおきて僧堂に禅師を訪ねました。有り余るなやみを胸に抱いて禅師の教えを乞いに参じたところ、詰所の人が禅師はお休みだからと断るようでした。わたしは「では一時間でも二時間でもお眼ざめまで待っているから」と言って、やがて起き出られた禅師をお待ちしました。そして凡そ二時間余り別にこれと言ってなやみを打ち明けるでもなく禅師の法話をお聴きしているうちに、すーと雲が引くようになごやかな気になったのです。芸術家として芸術上の悩みに突出る度に、わたしはその後芸術三昧のうちに、信仰を抱いていくようになった。それにわたしの母が熱心な仏教信者で普門品などを誦しているうちに、今では全部覚えてしまいました。だからと言ってわたしは、他人に信心を強いることはない。信心はわたしの狭い気持ちのうちでは、自分自身で築いて行くべきものだと思っている。そして又、それがどんな形になって来たところで己れの打ち込んで行く己れ自身の境地があったら、それは宗教と呼んでもいいと思っている。これが間違っているかどうか、わたしはその間違いを指摘されたところで今更改めようとは思わない。