キャラコさん
本文約27,700字 ・ 読了時間 約56分
あらすじ(AIが作成しました)
冬の川奈の国際観光ホテル。退役陸軍少将の末娘である石井剛子は、社交室で繰り広げられる他人への噂話や品評に退屈と息苦しさを感じていた。そこへ、相続人を探す謎の老人・山本氏が現れ、剛子の飾らない人柄に目を留める。剛子が老人の試練に対してどのような決断を下すのか、そして突然の婚約発表をきっかけにホテルの人々の運命がどう動くのかを描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
青い波のうねりに、初島がポッカリと浮んでいる。
英国種の芝生が、絨氈を敷いたようにひろがって、そのうえに、暖い陽ざしがさんさんとふりそそいでいる。
一月だというのに桃葉珊瑚の緑が眼にしみるよう。椿の花が口紅のように赤い。
正月も半ばすぎなので、暮から三ガ日へかけたほどの混雑はないが、それでも、この川奈の国際観光ホテルには、ここを冬の社交場にする贅沢なひとたちが二十人ほど、ゴルフをしたり、ダンスをしたり、しごくのん気に暮らしている。
時節柄、外国人の顔はあまり見えず、三階の南側のバルコンのついた部屋に母娘のフランス人がひと組だけ滞在している。
巴里の有名な貿易商、山田和市氏の夫人と令嬢で、どちらも相当に日本語を話す。
夫人はジャンヌさん、娘はイヴォンヌさんといって、今年十七歳になる。朝露をうけた白薔薇といった感じで、剛子はたいへんこのお嬢さんが好きだ。
もしや、露台の揺り椅子にでも出ていはしまいかと、そのほうを見あげたが、窓には薄地のカアテンがすんなりとたれさがっているばかりで、そのひとのすがたは見えない。
めったに社交室へも顔を出さずに、いつも母娘二人だけで楽しそうに話しあっている。なんて淑やかに暮らしているんだろうとおもって、うらやましくなる。
それにひきかえて、『社交室』の連中は、いったい、どうしたというのだろう。
ゴルフの話、競馬の話、流行の話、映画の話、……浜の砂と話題はつきないが、なにより好きなのは他人のあらさがしで、よく飽きないものだと思われるほど、男も女もひがなまいにち人の噂ばかりして暮らしている。
このホテルに泊っているひとびとの噂や品評がおもで、社交室にい合わせないひとたちが片っ端から槍玉にあげられる。誰れかちょっと座を立ってゆくと、すぐそのひとの品評にうつり、今までひとの噂をしていたそのひとが、こんどはさんざんにやっつけられる。まるで、このホテルのほかに世界がないように、互いに鵜の目鷹の目で他人を見張っている。